この記事以外に情報が無いから、文面だけから判断するしかない。
タイトルを見てビックリして本文を読んだ。
手首を「切断」。念のため辞書を当たると、『デジタル大辞泉』によれば「切断」とは
◆[名](スル)物をたちきること。切り離すこと。◆。
だ。
そう。私もこの言葉はそういう意味だと思う。「切り離す」こと。
理屈で考えたり、よぉ〜く検討してみるとそういうことになる、ではなくて、自然な言語感覚として、読んだ瞬間に浮かぶ映像は、腕から「切り離された」手首だ。
だから、「男」は、自らの手で手首を腕から「切り離した」のだと思った。タイヘンな意思の力だ。どんな道具を使うにしても、たとえば右手で左手をと考えたときに、痛みを無視しても、力の入れ方や角度を考えると、作業がとても難しい。
私にはとてもできない。切断の作業の途中で猛烈な苦痛に気を失うだろうし、それに耐えたまま、中心に骨という硬いものが入っている「手首」に、それを切り離すまでの強い力を自ら加え続けるという行為が、肉体的にも精神的にも可能とは思えない。
痛みを感ずる間も無いほど一瞬で、ギロチンのように「自らの手首を切り離す」ような方法や道具は思い浮かばない。電気工具のようなものか?
何かそういう特殊な方法や道具を使ったのであれば、通常はその内容が記事内で触れられるべきだし、そうされるはずではないか?
純粋にそのへんに衝撃と疑問を覚えて記事を開いたが、どうもおかしい。
現時点で「日記」は無いが、「つぶやき」を読む限り、どうも皆さんは「リストカット」「手首を切った」というような意味に、特に疑問も無く受け取っているように見える。
「号泣」がおかしい、と普段から言っているが、これは「日本語が間違っているよ」と言いたいのではない。「号泣」と書いてあるから、(野々村議員のように)「号泣」したのかと思ってビックリして、調べていったり映像を見たりしてみると、どうも実際にはちっとも「号泣」なんかしていない。たしかに、涙を流し、泣いてはいるけど「号泣」、「哭く」とも言い換えられるような、そういう行動はしていないことがほとんどだ。
つまり、「意味が違う」「間違った情報を伝える(受け取る)」ことになってしまうのだ。
「殺した」と「ひどく暴行して怪我をさせた」は、程度の問題ではなくて異なる二つの行動と結果だ。
私が日本語にこだわり、間違った表現や用法にかみつくのは、生理的に気持ち悪いということもあるにはあるが、主としてはそういうことではない。
「言葉が正しく機能しない」ことが問題なのだ。
さてこれで、このニュースの示す事実が、「男」の手首が腕から切り離されていたとしたら、私のこの日記は言いがかりだが、だとすればこの本文の記述は別の意味で不適切(あまりに重大で特殊で衝撃的な事実を、「切断」という単語ひとつであまりに淡泊に表現しすぎ)だと思う。
日本語は、特にそれを使って金を得ている人たちは(報酬が不当に安い、という問題はたしかにあるが)せめてもう少し注意深く使ってほしいし、勉強してほしい。
そして、この表現に強い違和を感ずる程度には、受け取る側にも最低限のリテラシーが求められている、そうでないと、日本語は「変化」ではなくて「崩壊」する、今も一歩一歩そこに向かっていると思う。
■86歳母親を絞殺か 自らの左手首を切断した男を搬送
(朝日新聞デジタル - 05月31日 10:31)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=4597867
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