【プログラム】
J.S.バッハ
1 イギリス組曲 第4番 へ長調 BWV809
2 ヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロのためのソナタ 第1番 ト長調 BWV1027
〜〜〜 休 憩 〜〜〜
3 ヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロのためのソナタ 第3番 ト短調 BWV1029
4 ヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロのためのソナタ 第2番 ニ長調 BWV1028
(アンコール)
J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲ト長調BWV988より「アリア」
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第4番ハ長調BWV1009より「サラバンド」
J.S.バッハ:ヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロのためのソナタ 第1番
より「アダージョ」
小林 道夫(チェンバロ)
津留崎 直紀(チェロ)
2017年5月20日(土),16:00開演,ふきのとうホール
この演奏会は「バロック音楽の真髄を聴く Vol.2」と銘打たれ,メインとなるプログラムはJ.S.バッハの「ヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロのためのソナタ」。ヴィオラ・ダ・ガンバのパートはチェロで演奏。
いうまでもなく,小林道夫はチェンバロや古楽の演奏分野における重鎮。一方,津留崎直紀は東京藝術大学在学中にフランス政府給費留学生として渡仏。パリ高等音楽院で学んだのち,長らくリヨン国立歌劇場に在籍。2011年に帰国し,ソロ活動や作曲活動に専念する。北海道が出身地という縁で,度々この地で演奏会を行なっている。
津留崎直紀のチェロを聴くのは,昨年の無伴奏チェロ組曲全曲演奏会に次いでこれが2度目となる。率直に言って,チューニングに難のあるチェロを最後まで聴き通すにはより大きな忍耐が必要だった。ヴィオラ・ダ・ガンバのために作曲された作品をチェロで弾いたことも無関係ではないだろう。小林道夫のチェンバロを聴くのは,約20年ぶりかもしれない。演奏スタイの古風なところが気になった。オール・バッハ・プログラムに救われた演奏会だったように思う。
どこかで以前,モーツァルトはチェロの響きが苦手だったという話を読んだ記憶がある。弦楽五重奏曲の楽器編成を弦楽四重奏とチェロではなく,弦楽四重奏とヴィオラにしたのも,チェロの音色が嫌いだったかららしい。チューニングが万全でないチェロの演奏を聴いていて,モーツァルトのこのエピソードを思い起こした。チェロの音色そのものが嫌いだったモーツァルトとチューニングが狂ったチェロの演奏とでは意味は違うが。
チェロと格闘しているような津留崎氏の演奏スタイルも不利に働いたようだ。チェロは比較的大きな楽器なので,弾きこなすのは容易ではないが,このチェリストの経歴から思い浮かべるイメージとステージの上で演奏する様子との間には大きなキャップがある。おそらく,古楽奏法をかなり意識して,彫りの深い造型と深い響きを目指しているのだろうが,演奏そのものが楽器との悪戦苦闘にきこえてしまう。全身に力が入り過ぎていて,演奏が重苦しくきこえる。もう少し洗練された演奏が好みである。
そして,このホールの響きが若干ライブ気味なのも災いしたのだろう。前回,無伴奏チェロ組曲のソロ・リサイタルを聴いた会場は,もっとデッドだったので細かいところはそれほど気にならなかった。だが,このホールは長所も短所も拡大してしまう傾向が強く,弾く側にも聴く側にも負担を強いる場合がある。
さらに,ヴィオラ・ダ・ガンバを想定して書かれた作品をチェロで弾くことに伴うギャップが顕在化したという事情もあるだろう。もちろん,ヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロのためのソナタ全3曲をチェロで弾くことは普通に行われていることであるが,何らかの事情で少しでも歯車が狂うと,そのギャップが目立ち過ぎることがあるようだ。これらの作品をチェロで演奏することには,潜在的なリスクが伴うということなのだろう。
このような悪条件が重なり,イライラしながら聴いていたというのが実情である。
古楽奏法風のチェロとは対照的に,小林道夫氏のチェンバロは一昔前のロマンティックなスタイルを思い起こさせる。大河の流れのような悠揚迫らざるゆっくりとしたテンポで,抑揚も少ない。20年以上も前に聴いた頃とほぼ同じ演奏スタイルを守り通してきたことがわかる。
この演奏様式の是非は措くとして,問題はチェロとチェンバロの演奏スタイルの違い,つまりミスマッチにあると思う。この演奏会に際して,二人の演奏家がどれくらい演奏様式のギャップを埋めることを試みたのか詳らかではないが,様式上の相違はそのままにして演奏会本番に臨んだような印象を受けた。そもそも,スタイルの違いを問題にしていないのではないだろうか。古楽奏法がこれほど一般化する以前は,このようなタイプの演奏が多くあったことは確かだろうが,現在,果たしてどれだけの聴衆がこうしたやり方を受け容れるのだろう。
ある意味,空中分解し兼ねない演奏会を最終的に束ねていたのは,バッハの作品だったように思う。違和感を持ちつつも演奏に耳を傾けていると,ステージの上で響いていたのはバッハの音楽だった。それに集中していると,他のことが雑事にきこえる。それくらいのパワーをバッハの音楽に感じた。
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