【プログラム】
1 シューマン: 「ミサ・サクラ」ハ短調 op.147
〜〜〜 休 憩 〜〜〜
2 マーラー: 交響曲第5番より第4楽章「アダージェット」
3 マーラー(ゴットヴァルト編): 「夕映えのなかで」無伴奏合唱のための
4 ドビュッシー: 「海」3つの交響的素描
ラトヴィア放送合唱団(独唱・合唱)
札幌交響楽団(管弦楽)
ハインツ・ホリガー(指揮)
(ロビーコンサート)
渡邉達弘: The Shani-Camel’s Idea
Gene Koshinski: Dance of the Drums
打楽器: 入川奨,大家和樹
2017年5月19日(金),19:00開演,札幌コンサートホール
5月定期演奏会は「ラトヴィアより世界が驚嘆の合唱団」と銘打たれているが,圧倒的な存在感を放っていたのはハインツ・ホリガーである。彼は超一流のオーボエ奏者としてよく知られているが,指揮者としても作曲家としても比類のない存在であることを巧まずして示す結果となった。さまざまな意味で,ホリガーの稀有な音楽的才能をあますところなく発揮した演奏会と言い切って差し支えないだろう。
ラトヴィア放送合唱団が世界屈指のレベルであることに異論を挟む余地はない。だがこの合唱団にシューマンの「ミサ・サクラ」とマーラーの「夕映えのなかで」を歌わせることを思いついたのがホリガーだったとすれば,その着眼点は的確である。ありきたりな演奏曲目でないにもかかわらず,この合唱団の持ち味を十二分に活かす選曲眼には脱帽するしかない。
ドイツ・ロマン派の詩人,アイヒェンドルフの詩をテキストとして用い,マーラーの交響曲第5番の「アダージェット」を16声の合唱曲にアレンジした,ゴットヴァルトの編曲作品「夕映えのなかで」の方が,ラトヴィア放送合唱団の卓越した力量を伝えていたようだ。それこそオーケストラの弦楽合奏を凌駕するくらい精緻なアンサンブルである。透明感あふれる声,精確無比な音程,絶妙極まりないバランス。直前に演奏されたオーケストラによる「アダージェット」に引けを取らないばかりか,それを超える説得力を備えた歌唱である。楽器よりも鍛錬と洗練を重ねた人の声の方が,人の心に訴える力が強いことの証といえよう。とりわけ,各声部の調和のとれた動きは,鮮烈な印象を刻む。おそらく,ホリガーの作曲家としての眼と指揮者としての技が,この驚異的な表現を生む元になったように感じた。
マーラーの作品が持つ情感や透明度とは異なるシューマンの音楽性ゆえか,「ミサ・サクラ」は若干粗い感じがする演奏だった。かといって,シューマン特有の力強さが顕著なわけでもなく,どこか中途半端な印象をぬぐい切れなかった。そうした印象を抱く理由の一部はシューマンの作品に由来するのではないか。この宗教作品が嫌いだと言いたい訳ではない。シューマンの作品一般を演奏する際の困難を「ミサ・サクラ」も免れていないように思う。ずみずみまで磨き抜けば完成度が上がるという訳ではない。勢いで押し切れば上手くいくというものでもない。シューマンの作品独特の燻んだような音色とダイナミズムが生み出す旋律の力強さと美しさ,互いに矛盾するものの組み合わせが,この日はわずかに齟齬をきたしていたように思う。
オーケストラによるマーラーの交響曲第5番の「アダージェット」は,現代作曲家ホリガーの面目が躍如としている。情感に溺れるたぐいの演奏からは程遠い。作曲家の分析的な眼で隅々まで客観的に観察し尽くした「アダージェット」でありながら,情緒的な要素を駆逐し尽くした演奏にはなっていない。あえていうなら,作曲家として深い共感を覚えるがゆえに,徹底的に作品を突き放した結果生まれた演奏のように思った。透徹しているようでいて,共感に裏打ちされた,心に響くマーラーだった。
ドビュッシーの「海」は,荒れ狂うダイナミックな海である。テンポはいくぶん速く,音量の変化も小さくはない。嵐のせいで荒れているよいうより,南アメリカ大陸の南端に広がる夏の季節でも荒れがおさまらない海域を思い起こさせる。千変万化する海,遠慮会釈なく牙を剥く海,人間の意思を超越した大自然そのものの海。ホリガーは,「海」のスコアから自然の脅威を読み取ったようだ。
だが,ホリガーの指揮は精緻な一面も備えている。決して勢いに任せるたぐいの音楽ではなく,ドビュッシーの音楽の構造を把握しつつ,スコアが内包するエネルギーを解き放つ。そのプロセスを崩壊しないようコントロールしつつ,オーケストラが作品にふさわしいダイナミズムを表現できるよう導く。この作品の演奏でも,作曲家の透徹した眼が活きている。
札響もこの日はホリガーの棒によく付いて行っていた。うねるような粘着質の弦の音色,弦楽器との一体感を保ちながらもソロの存在感も失わない管楽器。弦楽器,管楽器,打楽器はオーケストラとしての調和を乱すことなく,アンサンブルの一員として,また,独奏楽器として,それぞれの役割を過不足なく果たしていた。もちろん,ホリガーの魔法が効いていたことはいうまでもないが。
ホリガーとラトヴィア放送合唱団は,ホリガーの作品を東京で演奏するために来日したそうだ。札響の5月定期を振るホリガーがラトヴィア放送合唱団を起用したのだろう。「ミサ・サクラ」の演奏が終わった後,何度もステージに呼び出されたホリガーは,「皆さんはこの作品を聴く初めての日本の聴衆です」という趣旨のことを満面の笑みを浮かべつつ告げた。この作品が受け容れられたことが嬉しかったのだろう。いい作品のいい演奏だった。
ログインしてコメントを確認・投稿する