清水榮一「中村天風に学ぶ絶対積極の言葉」(KKロングセラーズ)より、中村天風の言葉と清水氏の解説をまとめました。
良くも悪くも、自分自身の
心の中の思いや考え方が、
自分自身をつくり上げる。
天風先生はヒマラヤの奥地で修行を続けました。しかし、病は一向に治らず悶々とする天風氏を見たカリアッパ師は、ある日、野良犬の足を切り、その切った不潔な刀で天風の腕を切りつけました。
以下、清水栄一氏「中村天風に学ぶ絶対積極の言葉」(KKロングセラーズ)から引用します。
カリアッパ師から、頭の中を空っぽにしろと言われて、もう5日は過ぎた。もう大分、頭の中が空っぽになったようだ。そのせいか、今日は、妙に気分がいい。
ようやく、朝のお勤めにカリアッパ師が姿を見せた。
「カリアッパ先生、私はもう頭の中は空っぽになっています。
カリアッパ師は、じいっと中村を見つめた。沈黙が二人の間を走った。
「本当か・・・」
「ハイ、あれから毎日、頭の中を空っぽにしようと努力しました。もう大丈夫です」。
早く教えてくれないと、私の病状はますます悪くなって、間に合わなくなるという気持ちがあった。切羽詰まった状況だった。
その時、二人の間に、野良犬が一匹横切った。
「おい、その犬を連れてこい」
カリアッパ師は、弟子たちに命じた。犬が抱えられて戻ってきた。何事かと犬はおびえていた。
中村の目の前で、カリアッパ師は、その犬を抱き抱え、片手で腰の小刀を抜くや、さっと足を切った。
「キャンッ」。悲鳴とともに血が飛び散った。犬は必死に飛びおりて、素早く逃げて行った。
「おい、中村ッ」と言うや否や、カリアッパ師は、中村の腕をとって、同じ小刀で、グサッと切りつけた。
「何をなさるんですかッ」、思わず中村は叫んだ
見れば、先ほどの野良犬の血のついたままの小刀だ。緊張感が走った。
怒り心頭を要約抑えて、中村はつくづく思った。
ここは亜熱帯性の気候だ。山深い谷間の、湿気の多い小さな村だ。どう見ても衛生的には最悪の状態だ。薬も消毒薬も包帯もない。
おまけに野良犬の血のついた小刀で切られた。下手すると、間違いなく破傷風になるだろう。状態は深刻だ・・・・。
「どっちが早く治るか、競争だな」
と無責任なことを言って、カリアッパ師は立ち去った。
もう怒る気力もない。ふてくされて横になった。破傷風になったらどうしよう。私は医者だからよく知っている。こんな所で予防も治療もできない。そういえば、ズキズキと痛む。痛み方が尋常ではない。こんな所で破傷風で死にたくない。
二日経った。高熱が続いた。腕はすでに化膿している。全身に寒気を感じた。時々痙攣のようになる。やはり間違いなく破傷風だ。一晩中うなっていたようだ。
こんな所で死ぬのか。一人ぽっち。孤独だが、もうどうにでもなれという気持ちになった。
「おい、どうした?」
朝、カリアッパ師がやって来た。
「やはり、破傷風になりました」
中村は恨めしくカリアッパ師を見上げた。
「ほう、かなりひどいじゃないか」
続いて、
「おい、この間の犬を捕まえて来てくれ」
カリアッパ師は弟子たちに命じた。
弟子たちはこの間の犬を連れて来た。
「おい、中村。この犬の足を見ろ。すっかり治っているぞ」
「ハイ」
「しかしお前はどうだ?」
「中村、犬は治ったのに、なぜお前は治らないんだ?」
「あちらは犬ですから」
「ほう、あちらは犬だから治ったのか、じゃあお前は何だ?」
「人間ですよ」。吐き捨てるように中村は言った。
「じゃ聞くが、犬と人間と、どっちが上等にできているんだ?」
「もちろん人間です」
「そうか、ではもう一度聞くが、下等な犬が治って、上等な人間がなぜ治らない? かえって悪くなっているではないか?」
「・・・・」
「中村、あらためて聞くが、お前の職業は何かね?」
「ハイ、医学博士ということになっています」
「医学博士?それはどういうことをする職業なのだ?」
「ハイ、人の病気を治したりします」
「ほう。病気を治すのか。それならあの犬は医学博士なのかね?」
とんでもないと、中村は頭を振った。
「では聞くが、医学博士でない犬が治って、医学博士のお前が治らないで、かえって悪くなっているのはどういうわけかね?」
カリアッパ師は、憐れむようにやさしく語り出した。
「なあ、いいかい。この前、あの犬が足を切られたとき、犬はどうした?切られた箇所をひたすら舐めながら、必死に逃げて行ったろう。理屈抜きに、傷口を舐めて舐めて、治ることを信じてただ舐め続けておった。
ところが、お前はどうだ? 何を考えていた?
こんな野良犬の血のついたままの小刀で切られた。あいにく亜熱帯性気候で、湿気も高く、不衛生な所だ。消毒も薬も包帯もない。これでは、傷口から破傷風菌が入って、間違いなく破傷風になると思ったろう!」
「ハイ」、思わずうなずいた。
「そうだろう、いいかい? お前が思ったその通りになったのだ」
それから静かに言葉を続けた。
「人間はね、自分の思った通りになるものなのだ」
中村は、初めて心に沁み通る言葉を聞いた。
このときが、哲人中村天風の誕生だといえよう。
良くも悪くも、自分の心の思いが、自分自身をつくり、自分の運命も、自分の人生をもつくりあげていくのだ。
・・・・・・ 以上
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