アタシの「東京の壁」プロジェクトの一環で、壁が出来てからの話なんだけど。1962年、ベルリンでピーター・フェクター(Peter Fechter)って子が、壁を乗り越えようとして、国境の警備員に撃たれて殺されるのよね(
https://en.wikipedia.org/wiki/Killing_of_Peter_Fechter)。西側の人間の見ている目の前で。それは写真にも撮られて、彼の死体が東の警備員の運ばれていくところとかいろいろ残ってて。
で、その話は、シナリオにいれなきゃ、ってことで「福田岩雄」って男性登場なんだけどさ

1962年、壁が出来て一年後の東京はどんなんだったか、のリサーチで、なるほどと思ったのは、壁が無くってもまるで2つの東京があった、しかも一つはモロ社会主義、もう一つはアメリカかぶれ。
社会主義の北東京、「すくすくとあかるくのびよう青少年」なんていう垂れ幕が役所に掛かってて・・・・
この映画では有名な言葉だけど、「一人が5歩前進するよりも、10人が一歩づつ前進するほうがいい」とか、モロ、社会主義プロパガンダ
東日本が国家を挙げて推す社会主義ヒロイン、吉永小百合には、1963年にこんな映画もあるし・・・ 「工場の建ち並ぶ中を集団で行進」していくシーンで映画が終わる・・・・
それに反して、資本主義西日本、ハイカラ南東京では、名古屋出身(もちろん西日本)の歌手がビッグバンドを背景に楽しい恋の歌を歌う。しかもスマイリー小原カッコいい!
いや〜、これらの映画が同じ年に公開って日本、本当に分断されてたの?ってくらいじゃない?
なので、シナリオは、1961年に壁が出来て一年後、東日本政権はプロパガンダで躍起になって労働者賛歌の映画を作って、それを学校や職場で見せる、って場面。でも南東京のテレビを受信できる北東京の人間は、ザピーナッツの歌を聞く、ってまるっきりベルリンの状況が再現できる1962年の東京・・・・ 歴史って面白い

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