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2017年02月09日23:27

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その「世界」を楽しむ手段としての

当時の舶来モノだったRPGと指輪物語的ファンタジーその日本化と、ゲームとその周辺のその後を語る上で、絶対押さえておきたいワードがある。

グループSNE
とある集団の名前であるが、彼らが何屋なのか問われると、簡潔には説明しにくい…。
海外SF翻訳家がいて、SF作家がいて、ゲームデザイナーがいて…(当時)

ぶっちゃけると、プロフェッショナル・ヲタク集団という説明で、だいたいあってるはずw
それもスパルタンでカリッカリッのだ。
マンガとラノベしか知らずにラノベ作家になったようなクチとは格が違うホンモノだ。

グループSNEは一応会社であるみたいなんだけど、所属クリエイターが”社員”という感じではないんだよね。
組織名義で仕事するときもあれば、個人名義で仕事してたりもする。

ゲームそのものは作らないけど、ゲームデザインやシナリオを請け負ったり、小説出したり。
当時の主力たちの出身が、SF翻訳やSF作家だとか、そんな連中なので何を創るにしても世界観がしっかりした骨太なものだった。

個人的には山本弘の「サイバーナイト」や「ラプラスの魔」が好きだったな。
「サイバーナイト」は日本人の筆致による読みやすく分りやすいながらも厨ニ的ロマンをすくぐりマニアも納得のハードSFぷりを発揮しつつしっかりとまとまった素晴らしい作品だった。(息継ぎなしで言い切る)

「ラプラスの魔」はホラーSFクトゥルフ神話風味。言葉で説明すると変な感じだが、当時はいろいろ斬新で食ってみれば味もなかなかのものだった。
おれにとってSNEといえばこの2作品が真っ先に来る。どちらもいい作品だ。

でも、SNEが噛んだ作品で世間的に有名なのは、「ロードス島戦記」と「ソードワールド」だろう。
これらの作品の成り立ちは少々特殊で、説明にちと骨が折れる。

彼らは、テーブルトークRPG「ダンジョンズ&ドラゴンズ」(以下D&D)をプレイし、その様子(経過と結末)を読み物に仕上げたものを雑誌に掲載した。いわゆるリプレイと呼ばれる読み物だ。
例えると、テーブルトークとリプリイは、旅行と旅行記のようなものと考えるとわかり易いかな。

テーブルトーク「D&D」は、コンピューターRPGの原点としても有名ではあったが、実際にプレイしたことのある人はほとんどいなかったはずだ。
「D&D」は説明書も何もかも英語であったこと。当たり前だがプレイには仲間が必要であることが理由として挙げられるだろう。

複数の仲間、このハードルを低く見積もってはいけない。マイコンいじってRPGを知ってテーブルトークに興味を持つ人間なんて、血液型RHマイナスくらいの希少人種だった。そんなのが周囲にホイホイいるわけがない。その上、当時はネットなんてなかったのだ。国民皆スマホな今とは違うんですよ!(力説)

そういった敷居の高さもあって、「D&D」をはじめとするテーブルトークは、ごく限られたマニアたちのものでしかなかった。ちなみに、そのマニアの一人だったのがSNEの創設者である。
それ以外の(妙な言い方になるが)フツー程度のヲタにとっては、名前は聞いたことあるが実際やったことはなく、これからも自分には縁のないものと諦め気味の対象だったのだ。

そんな時代背景のなかで掲載されたリプレイは、例えて言うなら1ドル360円昭和時代における豪華ヨーロッパ一週旅行の旅行記のようなものだった。まあ誇張があるが(笑)
自分自身は直接体験できないが、読み物を通じて様子や雰囲気を味わうわけだ。

そのリプレイを基礎として、その世界を小説として昇華させたのが「ロードス島戦記」である。
また彼らは、その過程でSF屋ならではの手腕も発揮する。彼らは設定厨でもあったのだ(笑)
「D&D」を参考にしつつも、独自の世界観とルールを作り上げ、国産テーブルトークを生んだ。
それが「ソードワールド」 

「ロードス島戦記」と「ソードワールド」は多くの設定を共有する二卵性双生児のような間柄だ。
なお、ロードスはその架空世界の地名であり、エーゲ海に実在する同名の島とは無関係である。
駆け足で説明すると、ざっとこんな感じだろうか。



さて、ここでいったん手を止めて、ちょっとやってみて欲しいお願いがある。
「サイバーナイト」で検索してみて欲しいのだ。出でくるのは古いゲームの情報だと思う。
でも私はさきほど、「日本人の筆致による読みやすい作品」と書いた。つまりは小説。

どちらも正しい。では、どちらが原作なのか?
発売の時系列ではゲームが先だから、ゲームが原作ということになる。
でも、発表の時系列は小説が先なのだ。

これまでに挙げてきた、サイバーナイト、ラプラスの魔、ロードス島戦記、ソードワールド
そのどれもが、小説であり、ゲームでもある。
注意したいのは、人気ゲームのノベライズ化ではないし、人気小説のゲーム化とも違うこと。
現在よくみる、どちらか一方の名声に寄りかかった二次生産品とはちょっと異なるのだ。

まず、彼らの脳内には、溢れる妄想と設定が広がっていて世界を形成している。
その世界を遊ぶのがゲームであり、語り聞かせるために読み物を使った。
テーブルトークであり、コンピューターRPGであり、リプレイであり、小説である。

彼らは、息をするように自然にそれを為していた。

その後、「ロードス島戦記」は、ありとあらゆる媒体に進出する。
テーブルトークのルールブック、そのリプレイ、小説、漫画、コンピューターゲーム、カードゲーム、ラジオドラマ、カセットブック、もちろんアニメにもなった。

そう。アニメにもなった。
長い長い回り道をしたが、ゲームのアニメ化の話にようやく回帰したわけだ(笑)

「ドラクエ」のアニメ化のように、売れ線だからアニメになりました。というロジックではなく、世界があってそれを味わう手段としての小説、ゲーム、そしてアニメ化だったと思う。
まあ、人気はあったのだけどさ(笑) でもそれは「ドラクエ」のように”約束された安心できる数”では決してなかったはずだ。


コンピューターゲームというこれまでにないものが生まれた。
生まれたばかりのそれは、書籍という最古のメディアとも、映像という最大のメディアとも、比較にならないほど矮小で、そしてなにより異質だった。それどころか「メディア」に数えられていただろうか。

コンピューターゲームという芽が育ち、最古と最大のメディアと対等…とまでは及ばないものの枝先が触れ合うまでに大きくなったのだ。
育てたのは、その過程で名を残した立役者。買い支えた名もないマニア。その彼ら、いや我らと言おう、私自身も隅ながら同じそのフィールドに居て、見て、体験し、その空気で呼吸していたのだから。



ゲームっぽいアニメーションと、アニメっぽいゲーム画面。
こうして並べて見ると、どっちがどっちを意識していたのか分らなくなる(笑)

ゲームとアニメが近しいものになったのは、この頃からではないかと思っている。
今から四半世紀ほど前のことであった。
と、、まあ、なんかいい感じに最終回っぽくなってんだけど、終わる? 続ける?w
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