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2017年01月08日15:12

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郷古廉ヴァイオリン・リサイタル

【プログラム】
ベートーヴェン: ヴァイオリン・ソナタ 第1番 ニ長調 op.12-1
バルトーク: ヴァイオリン・ソナタ 第2番 Sz.76
   〜〜〜〜〜 休 憩 〜〜〜〜〜
ベートーヴェン: ヴァイオリン・ソナタ 第2番 イ長調 op.12-2
バルトーク: ヴァイオリン・ソナタ 第1番 Sz.75

(アンコール)
ベートーヴェン: ヴァイオリン・ソナタ 第3番 変ホ長調 op.12-3から第3楽章

郷古 廉(ヴァイオリン)
加藤 洋之(ピアノ)

2017年1月7日(土),16:00開演,ふきのとうホール

このリサイタルは,ふきのとうホールの”New Year Concert 2017”でもある。ただ,ニュー・イヤー・コンサートらしからぬ演奏会であることも事実だろう。バルトークをメインに据えてベートーヴェンで彩りを添える趣向の音楽会は,やや異色のニュー・イヤー・コンサートであることに異論は少ないだろう。それはともかく,バルトークのヴァイオリン・ソナタにつられて,このリサイタルに出かけた。

バルトークがメイン・ディッシュであることは,ヴァイオリニストの選曲に表れている。バルトークのソナタに対しベートーヴェン初期のソナタを配置すると,ベートーヴェンがバルトークの引き立て役になってしまう。ベートーヴェンが20代の終わりに書いた作品12のヴァイオリン・ソナタ3曲は,作品18の弦楽四重奏曲も作品21の交響曲第1番もまだ完成していない時期の作品であり,ベートーヴェンの個性の萌芽は明らかではあるものの独自のスタイルを確立した作品とまではいえないだろう。ベートーヴェンの個性を素材にして,モーツァルトの形式でまとめたような作品である。一方,人生の終盤に差しかかろうかという時期に作曲されたバルトークのソナタは,この作曲家の個性が明瞭に刻印され,圧倒的な存在感を放つ作品といえる。こうした組み合わせでは,誰しもバルトークに軍配をあげるだろう。

バルトークを前面に出したいという気持ちは,作品を演奏する姿勢にも現れている。ベートーヴェンでは作品と若干距離を置くような演奏だった一方,バルトークを演奏するときは作曲家の内面に没入して,持てるテクニックを総動員しつつあらん限りの情熱をぶつける。ベートーヴェンは所詮他人事であるのに対し,バルトークは我が事そのものというくらいの違いがある。作品の性格やその時代背景にもよるが,ヴァイオリンとピアノの力関係は,ベートーヴェンを演奏するときが1:1だとすれば,バルトークの場合は1・5:1だった。これほどスケールの大きなバルトークのヴァイオリン・ソナタをかつて聴いたことはない。この巨大なスケール感がヴァイオリニストのバルトークに対する思い入れを物語っているようだ。

ヴァイオリニストのバルトークへの傾倒ぶりは,ヴァイオリンの鳴らし方でもわかる。郷古廉(ごうこ すなお)が使うのは,持ち主から貸与された1682年製アントニオ・ストラディヴァリ”Banat”。この楽器がどれほどの名器なのか正確にわからないが,素人の耳にもこのヴァイオリンが高価な優れたヴァイオリンであることはよくわかる。そのことが鮮明になったのは,リサイタルの前半でバルトークのソナタ第2番を弾き始めた瞬間だ。艶やかで伸びのある音に一変する。ベートーヴェンの時よりも,この楽器のポテンシャルを数倍巧みに引き出している。それが意図的な操作なのかは不明だが,そうせざるを得ない気持ちに駆られていたことは間違いない。それこそ全身全霊を捧げてこの作品を演奏するという決意が,この楽器をダイナミックに鳴らす原動力になったことは明らかだろう。

ただし,ややユニークな一面を持つバルトークであったことも確かだ。バルトークにしては,やや甘美すぎる嫌いがある。やはり研鑽を積む場所としてウィーンを選んでいることが事情が影響しているのだろうか。ハンガリーとオーストリアは国境を接しているとはいえ,マジャール人の音楽をベースにするバルトークの音楽はウィーンの音楽とは異質だと思う。マジャールの夾雑物をきれいに洗い流したようなバルトークのヴァイオリン・ソナタに少し居心地の悪さを感じる。また,バルトークの現代性を世紀末ウィーンのような流儀で表現するのもどうかと考え込んでしまう。個人的な好みからすると,似て非なるバルトークとでも形容したくなる一面を持つ演奏だった。

そもそもバルトークのヴァイオリン・ソナタにつられて聴きに行ったリサイタルなので,チケットを買う際には,ヴァイオリニストのこともピアノストのことも白紙の状態だった。プログラムのプロフィールや演奏の印象からすると,有望な新進ヴァイオリニストと彼をサポートする中堅ピアニストのコンビによるリサイタルということらしい。ヴァイオリニストは音楽的アイデンティティーの中核と思しきバルトークをメインに据えた曲目で聴衆に真剣
勝負を挑み,豊富な経験を持つピアニストはその新人を全面的にバックアップするという構図が浮かび上がってくる。この意味では,大成功のリサイタルであったといえる。

バルトークに対して抱く個人的なイメージとは若干異なるスタイルが気になったが,ヴァイオリンのために書いたこの作曲家の作品は,他のジャンルに比べてロマン主義の残滓が色濃いことを考え合わせると,この日の演奏も許容範囲内なのだろう。それ以上に,これほどスケールの大きいバルトークを聴けたのは収穫だった。さらに,それを支え切ったピアニストも仕事ぶりも印象的であった。
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