以前、毎日新聞(北海道版2003年11月14日朝刊)に掲載された村上和雄先生の講演記事を中心に、先生のご著書「生命の暗号」(サンマーク出版)、「ナイトサイエンス教室」(徳間書店)、「生命のバカ力」(講談社+α新書)を参考にしてまとめたものです。
遺伝子のオンかオフかが人生を決める
私は現在バイオの遺伝子暗号解読の現場にいます。この分野は今、ものすごい勢いで研究が進んでいて大変エキサイティングです。今日はこの現場で私たちがどのような活動をしているか、また、その中で何を感じ、考えているかをお話させていただきます。
今年の1月、私が勤めている国際科学振興財団とお笑いの吉本興業がジョイント事業をやりました。笑いによってどの遺伝子にスイッチが入るかという実験です。
近年、3センチくらいのガラス破片に人の遺伝子を貼り付けて観察すると、このDNAチップの中でどの遺伝子のスイッチがオンになったか、オフになったかがある程度測定できるようになりました。
遺伝子というと一般的には固定したものと考えられています。才能がパッとしないのは親の遺伝だから仕方がないというようにですね。
しかし遺伝子は今現在も、皆さんの細胞の中で働いており、その中で細胞を動かす遺伝子のスイッチが働いたり、寝たりしていることが分り始めてきたのです。
だから寝ているいい遺伝子のスイッチを入れ、悪い遺伝子のスイッチを切ることができれば、私たちの可能性は何倍にもなる。すごいことが起きるかも知れないということが、科学の言葉で語られだしました。
私は40年に及ぶ遺伝子の研究生活の末、私たちの「思い」が遺伝子の働きをオン・オフにすると確信するようになりました。
たとえば、同じくらいのエネルギーを使っても、楽しんでしている時は疲れにくく、いやなことやらされているときはどっと疲れる。なぜか。心が体に影響を与えているからです。そして心と体の関係を解く鍵は、いい遺伝子や悪い遺伝子のスイッチをオンにするかオフにするかによって決まると信じています。
笑いで血糖値が大幅に低下
そこで一大国民病である糖尿病の患者さんにご協力をいただいて、笑いによって血糖値が下がるかどうかという冒頭の実験を行ったわけです。笑いが健康にいいというのはある程度知られています。しかしまだ笑いで病気を治すということまでは信用されていません。だから何とか科学のデータをとろうと思いました。
「笑いで、どの遺伝子の働きがアップしたか」ということ調べるために、DNAチップという掌に乗る大きさのガラス基盤の上に遺伝子を貼り付けて、漫才の間中、どの遺伝がどれだけ働いているかを測ったのです。
25人の糖尿病の患者さんに2日間全く同じ生活、同じ食事をさせ、1日目は糖尿病のメカニズムについて講義を聞いてもらい、食後2時間の血糖値を測ったら123も上がっていました。
翌日はその時間に、筑波の市民ホールで吉本興業のB&Bによる漫才を聞いてもらいました。いまどきの若手ではなく、ベテランにしてもらったのは、糖尿病の患者さんが平均年齢63歳で、B&Bの全盛期をよく知っているからです。
なにしろ世界ではじめての「心と遺伝子」の実験です。B&Bも気合が入っていました。
テレビとは迫力が違う。千人入るホールが立ち見も出るほど満杯で、千人の人が一度にドッと笑うわけですから、漫才師もますます乗ってきます。それが又大きな笑いにつながり、本当によく笑いました。
そして血糖値を測ったら77しか上がらなかったのです。
退屈な講義・・・・・血糖値が123 上がった
漫才の場合・・・・・血糖値が 77 上がった
漫才の場合は退屈な講義にくらべて、46も低かったのです。結果はアメリカの糖尿病学会誌の5月号(2003年)に掲載され、それをロイター通信が全世界に報じてくれました。
笑いの刺激で、血糖値降下に関する遺伝子が働き、全身の変化=インシュリンの増加、血糖値を抑制する酵素やタンパク質の増加=があったのだと思われます。
さらに、「とても面白かった」と応えた患者さんのほうが、「そこそこ面白かった」と答えた人よりも、血糖値が大きく下がっていたこともわかりました。
笑いは最良の薬
これまで医療の現場では、血糖値を下げるためにはインスリンを注射するか、食事制限や運動をするくらいしか治療の方法がなかったのです。それが笑っただけで血糖値が劇的に下がったのですから、糖尿病の専門医ですら、ビックリ仰天したのです。
糖尿病だけではないのです。笑いはどの病気にも効果があるのです。これはすごいことです。
今の医療は患者にとって心地よくありません。手術も注射もしたくないし、薬も副作用があるからできれば飲みたくない。しかし、笑いの効果が認められれば楽しい治療が始まります。薬の代わりにお笑いビデオが出されるかも知れない。ひょっとしたら医療革命が起こるかもしれないと注目されているんです。
西洋には「笑いは最良の薬」という諺がありますが、そのことが、今まさに実証されようとしているのです。
高血圧も糖尿病も遺伝子のスイッチ次第
さて、私が最も長く取り組んでいるのは、人はなぜ高血圧になるかという研究です。なぜ高血圧になるのか、科学的にはっきり解明されていません。
しかし高血圧も糖尿病もいくつか複数の遺伝子が関係していることが分ってきました。そのスイッチがオフになれば病気にならないわけです。ではどうしたらオフになるか。それは環境です。
一つは食べ物という環境です。これもオン・オフに密接な関係があります。なぜこんなに日本は高血圧や糖尿病が増えたのでしょうか。それはアメリカ風の食生活になったからです。遺伝子が食生活という環境によってスイッチが入るのです。しかしどの環境でどのスイッチが入るのかが分らないのです。そこで20数年かけてその研究をしたのです。
ログインしてコメントを確認・投稿する