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2016年10月16日08:11

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ラリヒ・マハサヤが尊師ババジとの再会

一昨日14日の日記に続き「あるヨギの自叙伝」より。

パラマハンサ・ヨガナンダ「あるヨギの自叙伝」には、キリストと同等の精神状態に達した所謂“マスター”といわれる方々が出てきます。

この本の中には、数百年から〜数千年もわたって肉体を保持していると書かれているのですが、その中でも最高峰に存在する方こそ、マハー・アヴァター・ババジと言われている不死身の超人です。

正確なババジの生誕は、西暦203年11月30日。
マハーは「偉大な」を意味し、アヴァターは、「神の化身」を意味し、ババジは「聖父」を意味します。ババジを弥勒菩薩と同一視する方もあります。


ヨガナンダが生涯師事したスリ・ユクテスワが、ラヒリ・マハサヤとババジについて話されている場面があります(ラヒリ・マハサヤはスリ・ユクテスワの師)。

ラヒリ・マハサヤはババジにヒマラヤ山中で会いましたが、その時ババジから、
「お前がわたしを必要とするときには、いつでも来よう」と言われましたが、その約束を何度か果たされた中の一場面です。

以下、「あるヨギの自叙伝」を転載します。

「それは、アラハバートにおけるクンバメラのときだった」ラヒリ・マハサヤは語られた。
「わたしは、役所の休暇を利用してそこに出かけた。
おおぜいの僧侶や行者たちが、この聖なる祭りに参加するために遠方から集まって来ていた。彼らの群れに、まじってわたしが歩いていると、からだに灰を塗りつけ、髪をぼうぼうにして托鉢の碗を手にした一人の行者が目に止まった。

ふとわたしの心に、この男は世を捨てた隠者の身なりはしているが、心の中はまるきり俗臭に満ちたにせものではないか、という思いが湧いてきた。

ところが、その行者のそばを通り過ぎようとしたとき、薄ぎたないその男の足もとにババジがひざまずいておられるのを見て、わたしはびっくりしてしまった。

『大師(グルジ)よ』
わたしはババジのそばに駆け寄った。
『こんなところで何をしていらっしゃるのですか?』
『わたしはこの行者の足を洗い、それから食器を洗ってあげるのだ』
ババジは、わたしに向かって子供のようにほほえまれた。

わたしは、ババジがわたしに、人を批判することなく、どんな愚かな人の中にも等しく宿りたもう神を見よ、と暗に教えておられるのだと悟った。

ババジはさらにこうおっしゃった。
「わたしは、賢い行者にも愚かな行者にも等しく奉仕することによって、神に最も喜ばれる最高の徳――謙譲の徳――を学んでいるのだ」

 (以上)

★聖書より
「(主は)低きに下って天地のもろもろの事を見ておられる(旧約・詩篇113編6節)
「だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるであろう」(マタイによる福音書23章12節)


★トルストイ「人生の道」より。
子供の方が大人より賢い。子供はその職業によって人を区別せず、誰の中にも、自分や万人の中に宿る同じ霊が宿っていることを精一杯感ずるからである。

どんな人間にも、世界にそれ以上高いものはないようなものが宿っている。
皇帝、囚人、乞食・・・みな平等である。何故ならその一人一人には、世界で一番高級なものが宿っているからだ。
皇帝を乞食や囚人以上に尊敬することは、同じ金貨を、一方は白い紙で包んであり、もう一方は黒い紙に包んであるからといって、白い紙で包んであるほうを、より尊ぶのと同じである。



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