駅にお婆さんがいます。彼女は大きく重い荷物を抱えており、やっとの思いで一段ずつ
ホームへの階段を登っています。
下から階段を上がっていたあなたはそれを見て、「お手伝いしましょう」と、お婆さんの重い荷物を抱えてなんとかホームまで運んであげました。あなたは無償の愛を実践したと思っています。
ところがお婆さんはホームまで着くと、あなたの顔も見ず、礼も言わずに荷物を受け取りさっさと電車に乗り込んでしまいました。
あなたはムッとします。
「せっかく運んであげたのに、なんて失礼な人だろう!」
はい、これであなたのとった行動が無償の愛ではないということが明らかになりました。
あなたは実は「お礼という名の報償」が欲しかったのです。
もう少し厳しい言い方をすれば、あなたは人に認められ感謝されるから愛を実践しているのであり、それがなかったら怒り出すわけです。しかし、もしあなたが「無償の愛」の意識レベルに到達していれば、お婆さんがそういう態度をとったとしてもまったく気にならないはずなのです。
つまり、この人にとって「無償の愛」は知識と知っていただけのことであり、その意識には至っていなかったということです。
以上、鈴木啓介「魂を磨くアセンションを阻む手口」(ビジネス社)にありましたが、私自信大いに反省させられました。
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