以下、「真理の吟唱」(日本教文社)より。
われらここに新しき日を迎う。感謝すべきかな。われ神に感謝し奉り、
さらに天地一切のものに感謝し奉る。覚めている間も、眠っている間も、
一分一秒といえども、神の護りなくしては私たちは生きていられなかった
はずである。日光は、空気は、水は、食物は、すべて神より来たり、私たち
を養い給うたのであり、これからも常に養い給うのである。新しき年を迎う
るにあたり、過去の御護りに感謝し奉るとともに、今後もまた神の御護り
の篤からんことを希(こいねが)い奉り、神のご恩に報い奉らんがために、
神から与えられた使命に誠心(まごころ)を尽くして邁進せんことを誓い奉る。
神はすべてのすべてであり給う。天地一切のものは、神の愛と智慧と生命との
顕現であり、私たち人間も神の愛と智慧と生命との顕現であるから、天地一切の
ものと、私たち人間とは、同根であり、兄弟姉妹であるのである。それゆえに、
天地間の一切のもの悉くみな私たちの味方であって、私たちを害する者など
何一つないのが実相であるのである。
もし私たちが何者かに害されたり傷ついたりすることがあるならば、天地と
同根であり一切の存在と兄弟姉妹である自分の実相をわすれて、天地一切のものと
自分の心とが不調和になったことの反映であるから、神は「省みて和解せよ」と
教えられているのである。
神はすべてのすべてであり給い、一切処に偏在し給うのである。神は無限にして
神聖、常に永遠に、そして今ここに、私を取り巻き、私の周囲に、上にも下にも、
左にも右にも、前にもうしろにも、天地、上下、四方、四維、神の在さざる処は
無いのである。
その神の最高の表現体として今私はここに生きているのである。したがって私は、
永遠の存在であり、有限に見ゆれども無限、個と見ゆれども全、久遠即今、
調和おのずから備わり、万物の霊長であり、万物の支配者であるのである。したがって、
わが往くところ常にそこは極楽となり、地上に天国の秩序が実現し、争いは消え、
暗黒は滅し、病いは癒され、悦びと感謝とに充たされるのである。
私は今、この真理に目覚めたのである。この真理に目覚めることが新生である。
私は今新生して、新しき日を迎う。過去は過ぎ去り、すべてのもの新しき悦びに
満たされ、すべての者、神に向かいて賛歌を謳う。真理の御光照り輝き、今より後、
悲しむ者なく、嘆く者なく、苦しみによる呻きも、叫びも、この世界より消え、
ただ神に向いて感謝の歌を謳う。その歌、天に舞いのぼりて、天上楽となり、
地に降りて泰平楽となる。まことに我れ新生して真理に目覚めたる今、久遠実成の
浄土が現実に存するのである。われ今、神を敬し、神に感謝し、悦びの参加を捧げ奉る。
頓首、合掌して、再拝又三拝す。ありがとうございます。
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