「死刑囚・島秋人さんの詩」に続き今回はある戦犯死刑囚が作った詩です。
私は今でもこの詩を読み返すたびに涙が出、勇気を与えてくれます。
紀野一義氏「維摩経」からです。
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人の世の苦しみに泣いたおかげで
人の世の楽しみにも心から笑える
打たれ踏まれて唇をかんだおかげで
生まれてきたことの尊さがしみじみ分かる
醜い世の中に思わず立ちあぐんでも
見てごらん ほら あんなに青い空を
みんなが何も持ってないと人が嘲っても
みんな知っている もっと美しい本当に尊いものを
愛とまことと太陽と時々雨さえあれば
あとはそんなにほしくない
丈夫なからだとほんの少しのパンさえあれば
上機嫌でニコニコ歩きたい
それから力いっぱい働こう
そして決して不平は云わずに
何時も相手の身なって物事を考えよう
いくらつらくてもひるまずに
どこかに不幸な人がいたら
どんなことでも力になってあげよう
もしすっかり自分を忘れてして上げられたら
もうそれできっと嬉しくてたまらないだろう
朝 お日様が昇るときは
あいさつに今日もやりますと叫びたい
夕べ お日様が沈むときは
夕焼け空をじっと見つめて座っていたい
心にはいつもささやかな夢をいだいて
小鳥のようにそっと眠り
ひまがあったら古い詩集をひもといて
ひとり静かに思いにふけりたい
幸せは自分の力で見出そうよ
真珠のような涙と太陽のような笑いの中に
今日もまた 明日も進んでいこうよ
きっといつの日か振り返って静かに微笑めるように
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これはグアム島の戦犯収容所で、1週間のち絞首刑で亡くなった海軍軍医中佐・上野千里という人が作った詩である。40歳で刑死した。
太平洋戦争のとき、捕虜になったアメリカ兵の傷を手術中に「殺せ」という命令を受けたが、彼はその命令を拒否して手術をやっている最中に爆撃をうけ、一時退避した。
その間にアメリカ兵は何者かに殺されていた。その責任を問われたのである。
彼は無実であった。彼は死刑の日まで獄中で、とことん考え抜いたであろう。善とは何か、悪とは何か、死とは何か、生きるとはどのようなことだろうか・・・・。
そして苦しみ、悩みぬいたあげく、自分が死んだら助かる人が何人あるだろうかと考えた。そして、大勢の人々の命を救うために生まれてきたことの尊さがしみじみ分かってのである。死ぬまぎわだから、よけいそれがわかるの。
そして上官の罪をおい、部下の罪をかぶって死んでいった。その結果、無実になった人がたくさんあった。
「愛とまことと太陽と時々雨さえあれば」というのが実によいと思う。
太陽というのは、そこぬけの明るさ、時々雨というのは、せつなさに涙をこぼすこと。
それに「愛」と「まこと」、そういうものがあったら、あとは何もいらないという。
愚痴を言わず、どんなことでも、不幸な人がいたら、自分を忘れてしてあげたら、もう嬉しくてたまらないだろうと死を前にして言っている。
死刑囚は朝食にご馳走がでると、その日の午前中に処刑されるそうである。
朝、太陽がのぼると、今日生かされる一日を、「今日もやります」と大きな声で誓うが、夕方になるとじっと夕焼け空を見て座っている。そして今日一日を生かしていただいたといいう感謝の気持ちをしみじみ噛みしめている。
そして真珠のような涙と、太陽のような笑いの中で一生懸命に生きて、いつか後を振りかえって、よかったと微笑めるようになりたいと言っている。
この人は1週間以内に処刑されることがわかっていて、こういう詩をつくっている。
1週間後死ぬこの人は年をとってから、うしろを振りかえって微笑むということができない。できない彼が言っている。
(以上)
長い人生にはいろいろあります。谷あり、山あり、晴れの日あり、嵐の日あり、私たちはどのような辛いとき、逆境にあるときでも、愚痴を言わず、このように明るく素直な心をもつことのできる人間になりたいものだと思います。
一週間のちに死を前にした人でも、ここまで明るく生きている喜びをうたっています。
この人のことを考えると、私たちは一生懸命立派に生きていかなければと思います。
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