ゲーリー・ズーカフ「魂との対話」は、全米で300万部を超えた驚異的なロング・ベストセラーです。私たちは、なぜ生きているのか? 魂とは、いったい何なのか? とあらためて深く考えさせてくれます。以下、適宜抜粋しながらまとめました。
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/daiyogen49.html#
求めよ、さらば与えられん
あなたはこの種の自問に対する答えを、つねに「聞く」ことはできないかもしれない。また、その答えは期待した形ではもたらされないかもしれない。しかし、それは必ずやってくる。
その答えは、ときにはフィーリングの形でもたらされることもある。単純な「イエス」または「ノー」のフィーリングであることもある。特定の事柄の記憶として、また、偶然思いついたようなアイデアとしてやってくることもある。ときには、夢のなかにあらわれてきたり、何らかの出来事に刺激されて手にする認識としてあらわれてきたり、ということもあるかもしれない。
聞いてもらえない質問はひとつもない。答えをもたらされない質問もひとつもない。「求めよ、さらば与えられん」は、まさしく真実であり、つねに機能しているルールである。しかし、あなたは求め方と与えられ方を学ばなくてはならない。
たとえ、あなたがどんな知識を身につけたとしても、それをほかの人たちの利益になるように処理し、利用することを怠ったら、それによる深刻な悪影響が、あなたに及ぶことになるだろう。
知識の意図的な誤用によってつくられるカルマ的負債は、無知によってつくられるそれよりもはるかに大きい。たとえば、もしあなたが、あることを行えば他人に何らかの害が及ぶということを知っていながら、それを行ってしまったとしたら、そのときにあなたが創造するカルマ的負債は、知らずに同じことを行ったときに創造するそれよりも、ずっと大きいのである。
知性は、パワーを外側のものだと理解している世界のなかでは、思いやりに満ちたハートの影響をまったく受けることなく機能することがしばしばである。その世界のなかでは、知性のパワーが、ほかの人を傷つけるための兵器として、あるいは、やさしさを欠いた意思のパワーとして、頻繁に用いられることになる。
知性が、たとえば兵器を設計すること、開発すること、あるいは生産することに用いられたとしたら、そのときそれは、存在する目的とは異なった目的で用いられたことになる。ある人たちが、地球や人類、自然環境などに対する影響をまったく考慮せずに特定の工場を設計した、あるいは建てたときにも、他人を犠牲にして利益を得ることを計画しているとしたら、あなたはいま、あなたの知性をその目的通りには用いていないこと
ログインしてコメントを確認・投稿する