mixiユーザー(id:7303697)

2016年08月11日17:13

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論理が混同している

「大盛無料」を残すことの可否、だよね?

どうもこの記事に紹介されている意見(つまり、記者がどういう意見を選んで載せたか、という問題だが)も、記事の本文も、「無料」であることを忘れている、もしくはその前提がわからなくなってしまっているように思う。

> 「無料だろうと何だろうと 自分で注文したものを食いきれずに残すとか恥でしかない」など残すのはダメという意見がぶつかり、賛否が分かれる。

これはまあ良い。「無料だろうと何だろうと」、つまり「無料であるという条件、状況があろうと無かろうととにかく」、食べ物を残すこと自体がいけないと思うからダメ、という意見であってその意見への賛否は別として、これ自体はひとつの見識だし、「そういう意見もある」とこれを記事で紹介することも問題無い。

しかし、

> 根底にあるのは「食べ物を粗末にしてはいけない」という日本特有の価値観

となると、これは「有料だろうが無料だろうが、自分で注文したものであろうが相手から選択肢無く提供されたものであろうが」、食べ物をどう扱うかという感覚、価値観の問題であって、主題であるはずの「大盛無料の設定において、自ら大盛を選択しておいてそれを残すことの可否」とは、関係無いとは言わない(たしかに「根底」にはある)が、論点の大きな前提を忘れてしまっていると思う。


> 筆者は小さい頃、完食するまで食卓を離れることが許されなかったため、大盛を頼んで残すことには否定的だ。
> 結局のところは「食べ物を粗末にしてはいけない」という教えを重視するかしないか、というところかもしれない。

結論めいたこれらの命題も、「食べ物を残すこと」の可否「のみ」を論じており、少なくとも私はその部分がこの議論においては決定的に重要であると思う、「(大盛部分に)金も払わず(だから提供者に金銭面、作業面の負担を強いる。残飯の処理にだって手間も金もかかる)、しかもそうすることを提供者の好意に甘えて自ら選択した結果目の前に出てきた食い物を」残すことの可否という議論になっていない。
前者の命題においては、「大盛を頼んで残すこと」に否定的だと書いており、これは「無料で」を省略していると考えることもできなくはないけれど、文面からもニュアンスからも、「無料」部分は無視、もしくは軽視されている。「完食(この日本語が正しいかという議論もあるが)するまで食卓を離れることが許されなかった」話自体が、「無料の大盛」とは状況と意味が異なる。


私は個人的には、例外(不味い、警告無く非常識な量である、など)を除けば、「無料」の大盛を残すのはもってのほかだと思う。
一方で、有料の大盛を残すことは、自分では(失礼だしみっともないと思うから)絶対にやらないけれど、他者がそれをするのは積極的に賛成はしないし躾として自分の子どもにはしないように教えるけれども、ダメだとまでは思わない。
普通盛りでは足りないが1.5倍は多い、1.3倍くらい食べたいということもあるだろうし、まあその他の理由であっても、「最低限」対価を払っているのであればそれを残すのは「お行儀が悪い」し「余計な作業をさせる」し「調理人も良い気分はしない」だろうからあまりよくないけれども、しかしそれは「金を払っている客」に許される我儘の範囲かな、と思う。



ところで因みに、他の方も日記で指摘されているが、

> 大盛を残すことへの是非は、店のサービスを無碍にするのはどうか、という点もあるが

この場合の「むげ」は「無碍」ではなくて「無下」。
「無碍」は別の意味の別の言葉。




■飲食店での「大盛り無料」、残すのはアリ?ナシ? 「残すのは恥ずかしいこと」「無理して完食は人体に害しかない謎の風習」
(キャリコネ - 08月11日 10:40)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=210&from=diary&id=4138495
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