mixiユーザー(id:5089039)

2016年07月17日11:16

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悪を続けていると必ず報いがある


釈尊はいう。
「その報いは私には来ないだろう」と思って悪を軽んずるな、水が一滴ずつしたたり落ちるならば水瓶(みずがめ)も満たされる。やがてわざわいに満たされる。
まだ悪の報いが熟さない間は悪人でも幸運に遭うことがある。しかし悪の報いが熟した時には、わざわいに遭う。

・・・  ・・・

釈尊はいわれる。
人の見えない所でなした悪も、やがて瓶にひびが入り、水が漏れてくるように、世間に知られるだろうと。九州のある県で教育関係者が、教育長を守るために、自分の利と上司の利を守るために自分たちの悪しき行為を否定しつづけていたが、TV会見では明らかにおびえ、明らかに嘘をついて「しら」を切り通しているのが誰にも解った。何を守ろうとするのか…。それは水が一滴ずつしたたりおちるように、器を満たし、やがて、さまざまな災いに襲われる。

何故なら、その時、罪を逃げおおせても、罪の意識と、悪の事実からは逃れらないからであり、また、さそりが、触れると人を刺すように、一度習い込んだ不純な悪意は、つい再行為をしてしまうものなのだ。悪癖はなかなか治らない。私もあなたも皆、それを体験済みで知っている。悪しき癖は、その時心地良く、あと味悪くても、ついやってしまう。心して乗り越えることに努めねばならない。小さな欲こそ、体中につき刺さり易い。

だから、釈尊はいわれる。悪の報いが熟さない内に、取り返しのつく内に、その悪の行為をやめなさい。子供を虐待する親は子の悲鳴に心を痛めて、早く行いを修正しなければならない。その悪の報いが熟さない内に。それは必ずやってくる。
また、日本の森が枯れていないからといって、空気を汚し、汚水を流し、人の見ない山奥の谷に汚染物質を廃棄すると、やがて、捨てたあなたが苦しむことになる。釈尊の一滴一滴の水は、やがて必ず水瓶を満たすだろう、その報いを私たち誰も逃れることは出来ない。

悪を続けていると報いが熟し禍に遭う


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