植物は種から芽生えます。それは、種なくしてはあらわれることができません。そして、私たちの行いもまた、内側で密(ひそ)かにめぐらされる思いという種から芽生えます。これもまた、その種がなければあらわれることがありません。意識的に行うことでも、無意識のうちに行うことでも、ひとつとして例外はありません。
行いは思いの花であり、喜びや悲しみはその果実です。そうやって私たち人間は、自分自身を育てる、甘い、ありは苦い果実を収穫しつづけるのです。
心の中の思いが 私たちを創っている
私たちは 自分の思いによって創り上げられている
私たちの心が邪悪な思いで満ちているとき
私たちには いつも痛みがつきまとう
雄牛を悩ます荷馬車のようにして
もし私たちが清い思いばかりをめぐらしたなら
私たちは喜びばかりがつきまとう
私たち自身の影のようにして
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