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2016年07月11日19:37

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「魂との対話」序章 Introduction

なわ・ふみひと氏がゲーリー・ズーカフ著「魂との対話」(サンマーク出版)を抜粋要約されていますので、紹介します。

序章から転載します。

1.進化

●真に進化した人間は愛にあふれている  
私たちが学校で学んだ進化は、物理的形態の進化である。(中略)

魚は海綿より複雑であり、それゆえに海綿より進化している。馬は蛇よりも複雑であり、それゆえに蛇よりも進化している。猿は馬よりも複雑であり、それゆえに馬よりも進化している。そして最終的に、人間はこの地球上でいちばん複雑であり、それゆえにこの地球上でいちばん進化している。これが学校で習う進化の定義である。(中略)

私たちはこれまで、長年にわたり、この進化の定義が不完全であることを知ってきた。ただし、その理由は理解しないままにである。たとえば、2人の人間を比較したとき、彼らはどちらも組織的複雑性の点では同等に進化している。しかし、もし1人は心が狭く、意地悪で、身勝手な人間であり、もう片方は心が広く、他人思いであったとしたら、私たちは後者のほうが進化した人間であると自然に考える。(中略)

私たちの内なる理解は、「真に進化した人間とは、自分よりも他人のことを考え、物理的な世界のなかにある物理的なものよりも、愛を重んじる人間である」と語っている。(中略)

●外側のパワーを求める意識が暴力と破壊を生んだ  
この物理的世界は極上の学習環境である。それは、私たちが進化のために必要なことを学ぶための学校であり、そのなかで私たちは、さまざまな実験を通じて、何が私たちを大きくし、何が小さくするのか、何が私たちを成長させ、何が衰退させるのか、何が私たちの魂を養い、何が消耗させるのか、何が私たちに機能し、何が機能しないのか、といったことなどを学ぶことになる。

物理的世界が五感のみで認識されているとき、そのなかにおけるもっとも強力な動機は恐れである。そのとき私たちの目には、自分の環境とそこに住むほかの人たちを支配するパワーが、不可欠なもののように見えてくる。

環境およびそのなかに住む人々を支配するためのパワーは、私たちがふれたり、嗅いだり、味わったり、聞いたり、見たりできるものに対するパワーである。(中略)
このパワーは、ほかの誰かから、あるいはどこかから入手できるものだと考えられている。誰かが外側のパワーを入手すると、別の誰かがその分のパワーを失うことになる。パワーを外側のものとして眺めたことの結果が、暴力や破壊である。

お金はまさしく、外側のパワーのシンボルである。お金をいちばんたくさんもっている人たちが、彼らの環境と、そこに住むほかの人たちを支配する能力をいちばんもっており、お金をいちばんもたない人たちは、環境とそこにすむ人たちを支配する能力をいちばん少ししかもっていない。損な構図ができあがっている。お金は獲得され、失われ、盗まれ、相続され、頻繁に争いごとを引き起こす。

教育、社会的地位、名声、そしてさまざまな所有物。もし私たちがこれらから安心感を得ているとしたら、あるいはこれらを失うことを恐れているとしたら、これらもまた外側のパワーのシンボルである。私たちが失うことを恐れているものはみな、たとえそれが家であろうと車であろうと、魅力的な肉体、あるいは頭のよさや信念であろうと、外側のパワーのシンボルである。

●私たちはこのようにして進化してきた
パワーが外側のものとして眺められているとき、私たちの社会的、経済的、政治的階層構造、さらにはこの宇宙のさまざまな階層構造は、さながら、それぞれの構造内で誰がパワーをもち、誰がパワーをもたないかを私たちに一目で教えてくれる図解のチャートのようである。そこでは、「いちばん上の層にいる者たちはいちばん力をもち、それゆえにいちばん価値があり、いちばん攻撃されにくい。逆に、いちばん下の層にいる者たちはいちばん力がなく、それゆえにいちばん価値がなく、いちばん攻撃されやすい」という構図ができあがっている。

私たちはこれまで何世紀にもわたって、個人的にも集団的にも野蛮な行為をくり返してきたが、その事実は、「パワーを外側のものだとする認識の下に横たわる恐れは、外側のパワーをいくら蓄積しようと、癒すことなど不可能である」ことの動かぬ証拠である。

  私たちはこれまで、このようにして進化してきた。そしていま、そのような進化から離れようとしている。

●宇宙は知的で思いやりに満ちている /strong>  
私たちのより深い理解、内なる理解は、別の種類のパワー、すなわち、この世に存在するいかなる形の生命をも愛するパワー、自分が出会ういかなる人間をも裁かないパワー、そして、どんなに小さな生命あるいは物事のなかにも意義と目的を見いだすパワーへと、私たちを導いていく。
これが真のパワーである。

私たち人類はいま、外側のパワーを追求する種から、真のパワーを追求する種へと進化しつつある。自分たちの進化の唯一の媒体としてきた物理的な世界の探検から離れつつある。

私たちは五感型人間から多感覚型人間へと進化しつつある。私たちの五感は、一体となってひとつの知覚システムを形成し、物理的現実を認識するようにつくられているが、多感覚型人の知覚は、その物理的現実の先まで広がっている。それはいうなれば、「私たちの物理的現実を一部とする、より大きな力学システム」にまで延びているのである。

五感型人間の認識からすると、この物理的な世界は偶然にもたらされたもので、私たちはそのなかに偶然に生まれ、そこを支配することで生存を果たそうとしている。しかし、多感覚型人間の認識からすると、この物理的な世界は、それを共有する魂たちが共同で創造した学習のための環境であり、そのなかで発生することのすべてが、彼らの学習に役に立つ。

五感型人間の認識からすると、意図にはいかなる結果もともなわない。そして、行動の結果は物理的であり、すべての行動が私たちあるいはほかの人たちに、必ずしも影響を及ぼすわけではない。しかし、多感覚型人間の認識からすると、行動の背後にある意図が、行動の結果を決定し、すべての意図が、私たちやほかの人たちの双方に影響を及ぼし、その影響は物理的な世界をはるかに超えたところにまで殺到する。

不可視の領域が存在し、そのなかには、私たちのより深い理解の源がある、と述べることにどんな意味があるのだろうか? 五感によっては感知不可能だが、人間のもつほかの能力によっては知られ、探検され、理解されうる領域の存在を考慮することに、どんな意味があるのだろうか?
 
通常の知覚領域のなかでは、回答が不可能な疑問がもち上がったとき、その疑問は一般にバカげた疑問として一笑にふされるか、不適切な疑問として却下される傾向にある。しかしながら、もし私たちが、自分の意識をその疑問への答えを発見できる知覚領域まで拡大できたならば、話は別である。

●無意識の進化から意識的な進化へ 

この地球上であなたが下す決断や、あなたがとる行動が、あなたが進化を果たすために利用する手段である。あなたはことあるごとに、自分の体験を形づくることになる意図と、自分の注意を集中して向けるものとを選択しているが、その選択の内容が、あなたの進化のプロセスを決めている。これは誰に関してもいえることだ。
 
人間であることを特徴づけるものとされている恐れや、そのほかのネガティブな感情は、パーソナリティーによってのみ体験されるものである。(中略)裁いたり、操ったり、搾取したりすることができるのも、パーソナリティーのみである。外側のパワーを追求するのも、パーソナリティーのみである。
 
パーソナリティーはまた、ほかの人たちとのかかわりのなかで、愛することも、思いやることも、賢さを示すこともできる。しかし、愛と思いやり、そして賢さは、パーソナリティーからやってくるのではない。それは魂からやってくる。
 
あなたの魂は、永遠に死ぬことのないあなたの一部である。すべての人間が魂をもっている。しかし、五感の知覚領域内にとどまりつづけているパーソナリティーは、それ自身の魂の存在に気づかず、それゆえに、その魂によるさまざまな影響を認識することができない。
 
パーソナリティーがそれ自身の魂を認識するには、五感の限界を打ち破り、多感覚的にならなくてはならない。そうなったときから、パーソナリティーは、自分の直観、ひらめき、フィーリングといったものを重視するようになる。そしてそれは、自分自身、ほかの人々、および周囲の状況に関する、五感のみをもちいていたのでは入手できない情報を入手できるようになる、ということにほかならない。
 
そのときからパーソナリティーは、言葉や行為の背後にあるさまざまな意図を知覚できるようになり、ひいては他人の言葉や行為に対してよりも、その背後に存在する意図に対して反応するようになる。そのときからそれは、一見荒々しく怒り狂っているかのような態度の背後にある暖かい心や、いかにも親切でやさしそうな言葉の背後にある冷たい心を、明確に認識できるようになる。

 
もしあなたが自分の魂について知りたいならば、最初のステップは、自分が魂をもっているということを認めることである。
 
そして次のステップは、このように考えることを自分に許すことである。
  「もし私に魂があるのだとしたら、それはどんなものなのだろう? 魂は何をほしがっているのだろう? 魂と私はどんな関係にあるのだろう? 魂は、私の人生にどんな影響を及ぼしているのだろう?」
 
魂のエネルギーは、それがパーソナリティーによって知覚され、認識され、尊重されたときから、パーソナリティーの生命をふるい立たせはじめる。もしも、パーソナリティーが、それ自身の魂のエネルギーに充分に奉仕できるようになったとしたら、そのときこそが、パーソナリティーにとって真のパワーに満たされるときである。
 
そして、そうなることこそが、私たちがかかわっている進化のプロセスのゴールであり、そこに行き着くことこそが、私たちがいまここに存在している理由である。



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