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<あらすじ>
魂は、宿った人間の人生を通じて神性を体験する。
神性には、無数といえる側面があるが、一生の中で体験できる側面には限りがある。
魂は、その人間で体験しうる事がらが現世で終了すると、身体から離れて(死)、霊的世(来世)に行く。
神性の異なる側面を体験したいと魂が意図したとき、再び現世に戻って、別の人間に宿る。
1.魂の最大の望みは、自分自身のさらに高い側面を経験することだ
魂の最大の望みは、自分自身のさらに高い側面を経験することだ。
存在のすべてとの全的な一体化を経験するまで、決して下には向かわず、つねに進化の過程の上へ向かう。 存在のすべて、つまりわたしと一体化するまで。
魂が人間のかたちに戻るとしたら、それは、さらに進化するためだよ。
ある者は何度も何百回も人生をやり直しながら、上に向かって進化していく。
もし、輪廻転生がなく、物質的なかたちに戻れなければ、魂はなしとげたいと思うすべてを一生でなしとげなければならない。一生とは、宇宙の時計ではかれば、一瞬のそのまた10億分の1よりも短いのだよ。
だから、もちろん輪廻転生はある。それが真実であり、目的にかなっており、完璧なのだ。・・・・・・「神との対話3」
魂は、宿った人間の人生(現世)を通じて神性を体験することによって、自己を成長させていきます。
神性には、無数といえる側面があります。
魂の宿る人間は、生まれもった個性や能力、生育歴、置かれた環境などの違いにより、人生における生活内容が異なります。さらに1人の人生は、80年間ほどの限られた期間です。したがって、その人生の中で体験できる神性の側面には限りがあります。
その人間の個体で体験できる全ての内容が現世で終了すると、魂は身体から離れて(死)、霊的世界(来世)に行きます。
魂には、現世での全ての体験が記憶されています。
そして、さらに神性の違う側面を体験したいと魂が希望し意図したときに、再び現世に戻って、別の人間に宿るのです(輪廻)。
仏教でいう輪廻を、この『神との対話』でも述べています。
すなわち、魂は人間の個体が死んでから来世(霊的世界)に行きますが、魂に内在する概念としての神性が完全に体験しつくされるまでは、何度も現世に戻って、前の人間とは別の人間に宿り、それを完成するために、また新たな人生を歩むのです。
これを繰り返すことを、「輪廻」というのです。
「神との対話」の著者ニール氏は、648回目の人生(現世)を、今、歩んでいます。すなわち、すでに647通りの前世を生きているというのです。
時間軸を入れて考えてみると、現在生きている現実世界を「現世」、死後の霊的世界(究極の現実)を「来世」、以前に生きた現実世界を「前世」(過去世とも原著ではいっています)というのです。
前世というのは、人間(魂-精神-身体)が過去に生きた現実世界(すなわち現世)ですから、実質的には「現世」と「来世」、すなわち物質的世界(現実世界)と、霊的世界(究極の現実)の2つの世界のみがあることになります。
具体的にいうと、魂Xが現世のAという人間に宿り、Aの人生を終えて身体を離れて(死)、来世に行きます。その魂Xが、再び物質的世界(現世)で生きたいと意図したときに、現世のBという人間に宿って、Bの人生を体験します。
Bの前世とは、魂Xが過去に宿って生きたAの人生をいうのです。
魂には、現世および過去世での人生体験が、すべて記憶されています。死後の世界では、魂が希望すれば、過去に宿った人間全ての姿に、いつでもなれると書いてあります。
すなわち魂Xは、A、B両方の姿を内包しながら、Aの姿にもBの姿にも、希望すればいつでもなれるというのです。
現世と来世における人生を何度も繰り返して、魂に概念として与えられたすべての神性の側面を、実体験して完了したとき、その魂は神に帰一し、一体化するのです。それがニルヴァーナ(涅槃)というのです。
神と一体化した後、魂は再び高次の次元で分化します。すなわち、無限にこの分化と帰一が繰り返されるのです。これがいわば神の呼吸であるというのです。
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