以下、植西聡「賢者が教える25の物語」より。
仕事がつらければ人生は地獄になるが、仕事が楽しければ人生は天国になる(釈迦)。
この観点から、双方の心理状態、感情を比較してみると、次のようになります。
出勤前
仕事がつらい人→「ああ、職場に向かうのが憂うつだなあ」
仕事が楽しい人→「今日も一日、元気に頑張ろう」
★仕事中(午前中)
仕事がつらい人→「早く昼休みにならないかな」
仕事が楽しい人→「時間がたつのを忘れるほど、仕事にのめり込んでしまった」
★仕事中(午後)
仕事がつらい人→「ああ、疲れた。早く帰宅したいな」
仕事が楽しい人→「あまり疲れを感じない。よし、もう少し、頑張ろう」
★難しい仕事に
仕事がつらい人→「私にはできっこない。不可能に決まっている」
仕事が楽しい人→「スキルアップを図る絶好の機会だ」
★金曜日の夜には
仕事がつらい人→「もうクタクタだ。週末はずっと寝ていよう」
仕事が楽しい人→「一週間よく働いたから、週末は思い切りエンジョイしよう」
もう、おわかりでしょう。
仕事がつらい人はマイナスの感情が連鎖的にわき起こるため、どんどん心もマイナスの方向に傾いてしまいますが、仕事が楽しい人はプラスの安生が連鎖的にわき起こるため、心もどんどんプラスになっていくのです。
そして後者の人の場合、「よいことを思えばよいことが起こる」という心の法則によって、運までよくなっていくのです。
好きな仕事・夢中になれる仕事・ポジティブな感情を誘発してくれる仕事に目を向け、自己実現を果たしたいものです。
<お釈迦様の話>
あるとき、一人の男がお釈迦様に「地獄と天国で暮らす人たちの生活ぶりを見てみたい」と申し出たことがありました。
そこで、お釈迦様はまず男を地獄へ連れていきました。すると驚くことに、地獄の住民は大邸宅に住んでおり、贅沢なものを食べながら暮らしていました。
不思議に思った男が、地獄の住人にその理由を尋ねると、住人ははるか彼方になる山脈を指さしながら、こう答えたのです。
「確かに、私はいい暮らしをしているが、それはいつも大変な思いで仕事をしているからだ。私はあの山脈の後方にある金山に金を掘り当てに行く仕事をしているのだが、行きは猛獣たちが住んでいる森を通って行かなくてはならないし、帰りは山賊たちがたくさんいる山道を通らなければならない。だから、いつも不安や恐怖と隣り合わせで、気の休まる暇はないし、ちっとも楽しくないんだ」。
次にお釈迦様は、男をお天国へ連れていきました。すると意外なことに、天国の住民はおんぼろの家に住んでいて、食べ物も実に質素なものでした。
不思議に思った男が、天国の住人にその理由を尋ねると、住人は家の前の畑を指差しながら、こう答えたのです。
「私はこの畑でブドウを作っているのですが、ドウ作りが楽しくて楽しくて仕方ありません。寝食を忘れてしまうほどブドウ作りに熱中してしまうのです。だから、住む家がおんぼろでも、食べ物が質素であっても、そんなことはどうでもいいのです。
それに、近所の人にブドウをおすそ分けすると、みんなが『とてもおいしい』といって喜んでくれるので、余計、ブドウ作りに熱が入ってしまうのです」
そして、男がお釈迦様に、地獄と天国をのぞかせてくれたお礼をいうと、お釈迦様は次のように答えたのです。
「今生(こんじょう)も同じで、仕事がつらければ人生は地獄で、楽しければ人生は極楽なのだよ」。
仕事次第で人生が地獄にも極楽にもなるのです。
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