はじめに
私たちの人生は、ある確かな法則にしがって創られています。
私たちがどんな策略をもちいようと、その法則を変えることはできません。
● 心は創造の達人です。そして、私たちは心であり思いという道具を用いて自分の人生を形づくり、その中でさまざまな喜びを、また悲しみを自ら生み出しています
●私たち取りまく環境は、真の私自身を映し出す鏡にほかなりません。
●私たちは、心中で考えた通りの人間になります。
●優しい思いが幸運をもたらし、よこしまな思いが不幸を招く。思いの違いがもろに結果に出るのです。思いが「原因」で行動が「結果」です。結果にはすべて原因があるということです。
●私たちを取りまく環境は、真の私たち自身を映し出す鏡にほかなりません。ということは心の中で考えていることが、自分の環境に反映されているのです。
私たちの人生は、ある確かな法則にしたがって創られています。
私たちがどんな策略をもちいようと、その法億をかえることはできません。
「原因と結果の法則」は、目に見える物質の世界においても、目に見えない心の世界におい
ても、常に絶対であり、ゆらぐことはないのです。
● 私たちの行いも、まさに内側で密かにめぐらされる思いという種から芽生えます。
● この場合、思いが原因で行いが結果ということです。
アレンは
『行いは思いの花であり、喜びや悲しみはその結果です』
とも言っている。
思いと人格
●私たち人間は、自分自身が育てる甘い、或いは苦い果実を収穫し続けているのです。
●この場合、行いは思いの結果であり、喜びや悲しみも思いの結果の延長ということでしょう。
●原因となる思い次第で、甘い果実を収穫するか、苦い果実を収穫するか、結果が変わってしまうということ。
●アレンは因果律を別の観点から具体的にわかりやすく説明し、実践する方法を解説したとも言える。
アレンは言う。
『私たちの心が邪悪な思いで満ちているとき、私たちにはいつも痛みがつきまとう。
雄牛を悩ます荷車のようにして
もし私たちが清い思いばかりをめぐらしたなら、
私たちには喜びばかりがつきまとう
私自身の影のようにして』
ただ、たち人間は思いというものを、簡単には変えられぬものです。顕在意識を変えるだ
けではなく、潜在意識、さらに深層意識まで変えて、はじめて結果が変わる。
私たちの誰もが、内心では手にしたいと考えている気高い神のような人格は、神からの贈り
物でもなければ、偶然の産物でもありません。
それは、繰り返しめぐらされつづけた気高く正しい思いの自然な結果です。
そして、卑しい獣のような人格は、卑しく誤った思いの自然な結果なのです。
●人間も頑張ったら、神様のような人格になれるのです。
●心という自分の思いの工場の中では、自分自身を破壊する兵器も、美しい人格を創るための優れた道具も作ることができるのです。
●人間は思いの主人であり、人格の制作者であり、環境と運命の設計者であるのです。
●人生には『「原因」と「結果」の法則』というものが、あるのです。望んだ結果も望まない結果も、その原因は、自分の無意識の密かにめぐらせた思い、考え方にあるのです。
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