田口佳史「超訳・言志四録」より。
いま、失意のどん底にある人は、喜んだほうがいい。自分自身を深く反省し、良い方向へと転じるチャンスが得られるからです。
逆に、何もかも順調に言っている人は、「これはまずい」と心配したほうがいい。自分自身を深く反省する機会を逸するからです・
このことを「言志耋録33条」では、次のように言っています。
得意の事多く、失意の事少なければ、其その人、知慮(ちりょ)を減ず。不幸と謂いうべし。
得意の事少なく、失意の事多ければ、其の人、知慮を長ず。幸さいわいと謂うべし。
(思うように事が運び、失望する事が少なければ真剣に考える機会が少なくなり、智慧と思慮が減少していく。不幸と言うべきである。
思うように事がうまくいかず、失望する事が多ければ、その人は考える機会が多くなり、智慧と思慮が増していく。幸いと言うべきである)。
キーワードは「知慮」。先のことや細かいことまで考えを巡らせ、慎重に行動することの大切さを説いています。
失意のときはそれが簡単にできますが、本当はうまくいっているときこそ「知慮」を働かせなければいけません。
誰でも失敗の原因は突き止めようとするけれど、成功の原因についてはあまり考えようとしないのでは? そこに落とし穴が潜んでいると心得てください。
もっとも、一斎は「幸不幸とか順境・逆境といったものは、自分がそう思っているだけで、実体なんかない」としています。
「言志耋録133条」の言葉がそれ。
余(よ)意(おも)う、「天下の事、固より順逆無く、我が心に順逆あり」と。我が順とする所を以て之れを視れば、逆も皆順なり。我が逆とする所を以て之れを視れば、順も皆逆なり。果して一定有らんや。達者に在りては、一理を以て権衡と為し、以て其の軽重を定むるのみ。
(私はこう思う。「世の中に起こる物事には、もとより順逆はない。自分の心がどう思うかによって、物事の順逆が決まるのだ」と。自分が順と思う立場にたって物事を見れば、人が逆境だというものでも、すべて順境になる。自分が逆と思う立場にたって物事を見れば、人が順境だというものでも、すべて逆境になる。果して物事の順逆は固定できるものだろうか。事理に通じている人にあっては、一貫した道理を物差しにして、物事の軽重を定めるのみである)。
人が「大変な逆境ですね。苦労しますね」と言っても、自分が順境にあると思えば、それは順境である。逆に、人がすごいですね、何もかもうまくいって、順境ですね」と言っても、自分が逆境にあると思えば、それは逆境である。
要するに、順境・逆境なんていうものは、自分がいまの状況をどうとらえているかによる。心の持ちようなんだと、一斎は言っています。
たしかにその通り。世の中には、傍から見れば非常に苦しいようでも、「何事も経験。言い苦労をさせてもらっています」なんてケロリとしている人がいます。かと思うと、どう見ても恵まれた状況にあるあるのに、本人は「大変だ。つらい。苦しい」と言っている場合もあります。
同じ状況にあっても。逆境にあると思えば逆境になり、順境にあると思えば順境になる、ということです。であれば、「人生は順境しかない」と思ったほうが、人生を明るく積極的に生きられます。ちょっとつらいことがあっても、それがありがたくも思えるでしょう。
かのイチロ―選手は、40代になった今も現役メジャーリーガーとして活躍できるのは、「スランプがあったから」だと答えています。けだし、名言ですね。
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