【書き下し文】
君子は義に喩(さと)り、小人は利に喩る。(里仁第四)
君子は正しい道かどうかで物事を見るが、小人は利益が得られるかどうかで物事を見る。
以下、村岡満義「私と論語300選」を参考にしました。
まったくその通りでありまして、その人がどれだけ「人のために」自分を犠牲にしておられるか、あるいはいかに利益中心でやっておられるかで、その人の人物の程度がわかります。
自分の利益だけを中心に生きている人は、孔子が「利によって行えば怨み多し」〔里仁第四〕と言われたように際限なく怨みをつくることにもなります。
易経の中の「利は義の和なり」や春秋の「義は利の本なり」とは、結局、「人のため」、
「人さまの犠牲になる」ということが結局自分の幸せをもたらすという訓えです。
・・・以上。
松下幸之助さんが利益は目的ではなく結果である。利益というものは企業が社会貢献した結果、報酬として与えられるもの、だから、
1.利益の大きさは、企業が社会へ貢献する度合に比例する。
2.天下の人、天下の物、天下の人を使って事業を営んでいる以上、赤字を出すことは罪悪である。
と繰り返し言われていました。
このように、松下さんは社会貢献(お客様への奉仕)が先で、自分の利益は後からついてくるという考え方であり、全く論語の「君子は義に喩り、小人は利に喩る」という経営を実践されたからこそ、中小企業だった松下電器を当時、世界の松下と言われるまで成長されたのだと思います。
このことについて、穂積重遠さんは「新訳論語」(講談社学術文庫)で、二つの譬話を紹介しています。
「同じ飴でも、賢人の柳下恵が見ると、これは老人を養うによいなと思い、大泥棒の某が見ると、これは錠前をはずすのに役立つなと気がつく」。
「村の長者の倉に米がいっぱい積んである。君子が見ると、これだけあれば飢饉の年にもこの村には餓死人が出まいと思い、小人が見ると、これだけあれば飢饉の年には大もうけできると思う」
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