人間というものは、本能的ないろいろの情欲、煩悩と言いますが、そういうものがなくなるほど、あるいは高いものに入れ替わられるほど人間が高次の存在になるから、俗人では分からない一つの神秘的なものが生まれてくる。我々の中に潜在しているところのもっと高次の機能が出てくる。
ところが、我々が通俗な生活、すなわち平凡な欲望やその衝動に支配されていると、我々の本質や機能が非常に低下してくる。それが低下してくると「俗」という。それが少し高くなってくると、英邁とか神秘とか言うのであります。
安岡正篤「運命を創る」(プレジデント社)より。
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