【書き下し文】
子の曰わく、君子の天下に於けるや、適(てき)も無く、莫(ばく)もなし。義と比(とも)にしたがう。
【現代語訳】
先生がおっしゃった。君子が天下の物事に処するにあたっては「ぜひこうしなければならない」と固執することもなく、断じて「こうしてはならない」と頑張ることもない。ただ、道理の正しいところに従って行動するものだ。
以下、村岡満義「私と論語300選」より。
ある人が中田先生のおともをして2時間も車に乗り案内しました。そのとき先生が、「あんたはタバコを持っていないか」と言われたそうです。その人はタバコ好きのためにすぐ出して火をつけてあげ、先生もタバコを喫いはじめられたなと思ったそうです。そして、それまで遠慮している付き添えの人も運転手もタバコを喫いだしたのです。
ところが旅館に着き、お部屋で「先生タバコどうぞ」と差し出したところ、「わしはタバコを喫わんのだ」と言われたそうです。これを聞いたその人は、「タバコを喫いなさい、と言われても皆が私に遠慮して、我慢しておるからかわいそうでね」と言われたそうです。
これを聞いたその人は、「タバコを喫いなさい、と言われても皆が遠慮して喫わないことを察し、まず自分が喫って見せられたのだなあ」と分かって、いまさらながら先生の徳の高いのにびっくりしたと言っておあれました。
人を指導しようと思えば、その人といちおういっしょになることでなんですね。道元禅師はこれを同事(どうじ)と言っておられます。タバコを喫いたい人には喫わせてあげることなんですね。酒の好きな人には酒を飲ませてあげることなんです。そして、どうしたらこの人を救えるかと、自分が苦労して教え導くことなんです。
中田先生は、いつもはタバコを喫われず、やめた方が良いと、その害を教えておられたのです。
自分のことを横において、相手の心になって人を導くようになりたいものです。
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