君子には、生涯を通じての悩みはあっても、外からふりかかってくる災いに一喜一憂することはしない。
【孟子 原文】
君子は終身の憂いはあるも、一朝(いっちょう)の患いなきなり。
君子にとって「終身の憂い」とは、何を指しているのか、孟子によれば、こうである。
歴史を振り返ってみると、何人も優れた人物に出会うことができる。そういう人たちに比べると、人柄も業績も、自分ははるかに及ばない。
では、どうすればよいか。そういう先人のレベルに一歩でも近づく道はないものかと、「常に自分を反省する。だが、いくら努力しても、まだまだ至りえないのではないか。そういう悩みなのだという。
もう一つ、「外からふりかかってくる災いに一喜一憂しない」というが、なぜなのか。
ふだん仁に悖(もと)ることや礼にはずれたことはしていないので、心に疾しいことは何もない。だから、外から何がやってこうようと、心を悩ますことはないし、あわてふたくこともないのだという。
たしかに歴史を顧みると、優れた人物にたくさん出会うことができる。なかには自分の目標としたい人物もいるはずである。少しでもそういう人物に近づこうと心がければ、修養の成果も大いに上がるのではないか。
守屋洋「孟子」(PHP)より。
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