藤尾秀昭氏「小さな人生論�◆廚�ら要約しました。
少年は両親の愛をいっぱい受けて育てられた。
ことに母親の溺愛は近所の物笑いの種になるほどだった。
その母親が結核となり一室に閉じ込められた。
近寄るなと注意したが、母恋しさに少年は近寄らずにはいられなかった。
しかし、母親は一変した。少年を見ると、
ありったけの罵声を浴びせ、コップ、お盆、手鏡と手当たり次第に投げつける。
青ざめた顔はまさに荒れ狂う鬼であった。
少年は次第に母を憎悪するようになった。
少年の誕生日に母は逝った。
「お母さんにお花を」と勧める家政婦のオバサンに、
少年は全身で逆らい、決して柩の中を見ようとはしなかった。
父は再婚し、父と義母の間に子どもが生まれ、少年はのけ者になる。
少年が9歳になって父がなくなった。やはり結核だった。
その頃から少年の家出が始まり公園やお寺を寝場所にし、
荒れて警察にも保護された。
やがて少年は施設を転々とするようになる。
13歳の時だった。少年は知多半島の少年院にいた。
もういっぱしの「札付き」だった。
ある日、少年に面会者が現れた。
泣いて少年に柩の中の母を見せようとしたあの家政婦のオバサンだった。
オバサンはなぜ母が鬼になったのかを話した。
死の床で母はオバサンに言ったのだった。
「私は間もなく死にます。あの子は母親を失うのです。
幼い子が母と別れて悲しむのは、優しく愛された記憶があるからです。
憎らしい母なら死んでも悲しまないでしょう。
あの子が新しいお母さんに可愛がってもらうためには、
死んだ母親なんか憎ませておいたほうがいいのです。
そのほうがあの子は幸せになれるのです」
少年は話を聞いて呆然とした。自分はこんなに愛されていたのか。
涙がとめどもなくこぼれ落ちた。
札付きが立ち直ったのはそれからである。
作家・西村滋さんの少年期の話である。
喜怒哀楽に満ちているのが人生である。
喜怒哀楽に彩られたことが次々に起こるのが人生である。
だが、その表面だけを掬い取り、手放しで受け止めてはなるまい。
喜怒哀楽の向こうにあるものに思いを馳せつつ、
人生を歩みたいものである。
(以上)
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