「安岡正篤一日一言」致知出版)より。
お互いがこうして生きている。考えてみれば、これくらい不思議なことはない。この悠久なる時間と、この茫漠(ぼうばく)たる空間の中にあって、たまたま時と所を一にしてこうしているという、こんな不思議なことはないということがわかれば、この現実、この刹那、この寸陰(わずかの時間)、この場、この身というものが、何より大事なのである。無限に愛惜(あいせき)すべきものになる。これを「但惜生命(たんじゃくみょう)」という。
それを把握するためには取りとめのない日常の身命などは、値打ちがない。これは「不惜身命(ふしゃくしんみょう)――身命を惜しまぬ――」である。
真に道を得るためには、それこそ不惜身命でなければならない。何が故に身命を惜しむかといえば、但惜生命――本当の身命というものを限りなく愛するからである。真の自己・真の存在というものを限りなく愛着するが故に、この取りとめない、はかない、迷える身命など、問題ではない。命がけで命を惜しむ。但惜生命なるが故に、不惜身命。不惜身命になる。
※安岡正篤(やすおか まさひろ/)先生
大阪市出身の陽明学者・思想家・教育者。
多くの政治家や財界人の精神的指導者や御意見番として知られる人物であり、安岡先生を師と仰いだ政治家には「吉田茂」「池田勇人」「佐藤栄作」「福田赳夫」「大平正芳」など歴代の首相も名を連ねています。「日本の黒幕」とも呼ばれた人物です。 また、先生は終戦勅語を起草した方としても知られています(1898年2月13日‐1983年12月13日)。
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