以下、田口佳史「超訳 言志四録 佐藤一斎の自分に火をつける言葉 」(知的生きかた文庫)より。
人生は山あり、他にあり。「言志後録25」では一斎は「人の一生遭う所には、険阻有り、坦夷(たんい)有り、安流(あんりゅう)あり、驚潤 (きょうらん)有り」と表現しています。
道にたとえれば、険しいところもあれば、平坦なところもある。川にたとえるなら、緩やかに流れるところも、激流渦巻くところもある。
みなさんの人生もそうですね? 私なんかも人生を振り返ると、険阻、坦夷、安流、驚潤の繰り返しでした。人生はそんなもの。ずっと平坦な道が続くこともなければ、緩やかな流れに身を任せてばかりもいられません。
なぜなら「これ気数の自然にして、ついに免(まぬが)るる能(あた)わず。即ち易理(えきり)なり」――宇宙の哲理のなかにある運命の巡り合わせであって、天地の間に住む人間はみんな免れることはできないものだからです。それが「易理」、つまり「易経」の説く陰陽の変化なのです。
最期の一文が実に一斎らしいところ。変化にいちいち青くなったり赤くなったりせず、平穏無事ばかりを願うのでもなく、
人は宜しく居(お)って安んじ、玩(もてあそ)んで楽しむべし。もし之を趨避(すうひ)せんとするは、達者の見(けん)に非ず。
「変化を楽しむのがいいんだよ。もしそれを避けようとするなら、達人にはなれないよ」と言っています。
たとえば、ディズニーランドやユニバーサルスタジオなどに行って、アトラクションが何もなかったら、おもしろいですか? 絶叫マシンみたいなものに興奮したり、キャラクターたちと遊んだり、3D映像にドキドキしたり、いろんな仕掛けがあるからこそおもしろいのです。
でも、人生はその何倍もスリリングで、おもしろい。これを楽しまない手はないし、おもしろくもおかしくもない人生を歩んだって達人にはなれないのです。
もっと言えば、変化のなかでも困難なほどおもしろものはありません。トランプにたとえれば、一生、七並べやババ抜きだけやっていてもつまらない。ポーカーとかブラックジャックとか、もっと難しいものに挑んだほうが格段におもしろい。それと同じです。
もちろん、ゲームだって真剣にやらなければおもしろくないように、人生も真剣勝負です。ただ、「ディズニーランドに遊びに来た」くらいの気持ちでいることが大切。心に余裕ができて、山あり、谷ありの人生を大いに楽しむことができます。
(註)険阻=けわしいこと。坦夷=坦も夷も平らかなこと。安流=穏やかな流れ。驚潤=逆巻く大波。気数=めぐり合わせ。易理=易に説かれた道理。趨避=はしりさける。
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