以下、田口佳史「超訳 言志四録 佐藤一斎の自分に火をつける言葉 」(知的生きかた文庫)より。
「目の不自由な人は、耳でよく見る。耳の不自由な人は、目でよく聞く」
瞽目(こもく)は能(よ)く耳を以て物を視(み)、聾唖(ろうあ)は目を以もって物を聴(き)く。
「言志後録151」で一斉はこう言って、「目と耳それぞれの機能を最大限に活用しているかい?」と問うています。
わたしたちは当たり前のように目で見て、耳で聞いていますが、それゆえにどちらもおざなりにしている部分があります。
でも、目の機能に頼れない人は、耳から入ってくる音で見ることができるほど、耳の感覚が研ぎ澄まされています。耳の機能に頼れない人は、目から入ってくる像で聞くことができるほど、目の感覚が研ぎ澄まされています。人間にはそれほどすばらしい力が備わっているのです。
目と耳、どちらの機能も十分備わっているからといって、怠けさせてはいけません。情報の入り口がたるんでいると、入ってくる量も質も落ちるからです。
見えないものが見える、聞こえないものが聞こえる、そこまでの域に達するよう、感覚を研ぎ澄まさせることが大切なのです。
・・・・以上。
使えば使うほど強くなるのは、筋肉と脳だと言われます。そして、人間の脳の神経細胞は150億個あると言われますが、その1割〜2割程度しか使っていないそうです。勿体無いと思います。
目や耳の機能だけでなく、人間の持っている、或いは、与えられているすばらしい力を思い切り発揮して自他の幸せに寄与したいものです。
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