青山俊董さん(愛知専門尼僧堂堂長)のお話より。
「次郎物語」を書いた下村湖人という方がおられましたが、こんな詩があったのを覚えています。
「あなたと私は、バラの園を歩いていた。
あなたはいう、
「バラは美しい、けれども、棘がある」と。
私はいった。
「バラには棘がある、けれども、美しい」と。
同じ一本のバラを見ているわけですが、「バラは美しい、けれども、棘がある」といった方の眼は、棘のほうに注がれている。もう一方の方は、「バラには棘がある、けれども、美しい」と、美しいほうに眼が注がれている。
棘のほうに眼が注がれているそこからは、非難めいた険しい世界が広がりましょう。
棘があるけれども、美しいほうに眼が注がれているそこからは、棘は許されるべきものとしてあたたかく、肯定された世界が広がります。
よいところを見出していこうではないかということが、この詩での下村湖人の願いであろうと思います。 ・・・・・・・・・・以上。
松下幸之助さんが、次のように言われたことがあります。
人生にはいろいろある。辛いことも逆境もある。しかし、起ったことはすべて肯定的に受け止めなさい。そして、どんな辛いことや苦しいことがあっても、死に物狂いになって、楽天的に考えるよう努力しなさい。そうすれば、必ず道が開けてくるものだと、言われたことがあります。
人生で大切なことは、どういう場合でもプラスの面、良いところを見い出していくことだと思います。
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