キリストは「与えよ、しからば与えられん」と言われました。人にまず与えること、そうすれば自分も与えられるというのです。
「与えれば、与えられる」というのは宇宙の法則のようです。
ともかく最初に与えることから始めるのです。しかも宇宙の法則では、自分が与えたものが何倍にもなって与えられるようです。
このことを格言で、
「一粒万倍(いちりゅうまんばい)」と言い、
一粒の種が千倍万倍にも増えることを教えています。
種を播かねばなんの変化も生じません。植西聡氏は「宇宙銀行」(サンマーク出版)で次のような話を述べています。
A店とB店という二つのお店がありました。この二つのお店は都内の観光名所のそばにあったため、人からよく道を尋ねなれました。
ところが、道を教えてあげても、ろくにお礼を言わないで行ってしまう人が多いことに腹を立てたA店の主人は、
「お礼を言ってくれないなら、1回教えるごとに百円取ろう。そうすれば、腹も立つまい」と考えて、それを告知する張り紙を出すことにしました。
すると、そのとたんに、そのお店にはお客さんまでもが寄り付かなくなってしまい、間もなくしてつぶれてしまいました。
これと対照的なのはB店の主人です。
あまりにも多くの人に道を尋ねられるので、何かいい方法がないものかと考えた末に、店外に周辺の地図を貼っておくことにしました。
そればかりではありません。地図の横に、
「周辺の地図を貼っておきますが、それでもよく分からない方は、遠慮なくお尋ねください」という張り紙まで貼っておきました。
するとその直後から、そのお店には道を尋ねる人ばかりではなく、お客さんもたくさん来るようになり、以前にもまして繁盛するようになりました。
お客さんが寄り付かなくなってしまったA店と、今まで以上に繁盛するようになったB店。どちらも道を教えてあげることとは直接的なつながりはないようですが、きっと、原因があるに違いありません。
「人のために役立つたり、社会のために役立つことをすれば、その徳が宇宙銀行に積み立てられ、満期になると積み立てられた徳の量だけ、人生は幸せになる。それは宇宙の法則である」
「人に喜びを与え、尽くせば尽くすほど、自分の運は良くなる」
(以上)
聖書にもあるように宇宙はまず与えるということ、しかも、無償を、を好むようです。
相手の幸せを願う、相手に役立つこと、相手の進歩向上を願うということ、結局、「無償の心からの奉仕」です。
お釈迦様は「飢饉の時ほど托鉢せよ」と教えています。
食うや食わずの貧窮に苦しむ人が、施しをさせていただくという行為が大きな功徳=幸せを受けるということを教えるためにです。
私が75歳(平成15年4月)のことです。
10数年間続けて皆さんに、ボランティアでお届けしていた元気通信の中から「痴呆」に関する部分を編集して印刷会社に製本を依頼、A4、60頁の小冊子「痴呆と生活習慣」を作成し、無償で皆さんに400冊お届けしました。
別にお金を儲けようとか、自分の知を誇るなどの気持ちは毛頭もなく、ただ、皆さんに
こうした情報を知って頂きたい、という切な気持ちだけで作成したのでした。
その後、欲しい人が増えましたが、タダでは貰えないと言われますので、紙代と印刷代の実費のみを頂くことにし、400冊を追加、合計800冊作成しました。
私の人生の流れが音を立てて変化していったのは、その時からでした。
私を後押しするような力、「これをしなさい」、「今、これがしたいのだろう」というように、まさに必要なことが、ちょうど必要なタイミングで頻繁に起こるようになりました。
そのことから、これが、「与えれば、必ず与えられる」という宇宙の法則であるということ教えられた気がしました。
他のために与える、それも先に与える、与えて、与えて、与えっぱなし、見返りは全然頭には無いということ。
そうすれば宇宙は必要な時に、必要な方法で必ず、(時には無限の利子をつけて)与えてくれるのだと確信出来るようになりました。 必ず、宇宙はお返ししてくるということ。
そのことを、加納真士氏は「愛ダス」(日本教文社)の中で次のように述べています。
宇宙の法則は、「与えれば、与えられる」である。
だが、たった一つだけ秘訣がある。
それは与えっぱなしで忘れてしまうことです。
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