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2016年01月09日10:41

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菜根譚133「肉親の情愛」


【現代語訳】
親は子をいくつしみ、子は親に孝養をつくす。兄は弟をいたわり、弟は兄をうやまう。
これは肉親として当然の情愛である。どんなに理想的に行ったとしても、感謝したり感謝されたりする筋合いのものではない。もし、そのことで恩着せがましい態度をとったり、施しを受けたような気持ちになるならば、それは他人同士の関係となり、商人の取引と変わりがない。

【原文】
父は慈、子は孝、兄は友し、弟は恭す。縦(たと)い極処(きょくしょ)に做(な)し到るも、倶(とも)に是れ、合当(まさ)にかくの如くなるべく、一毫(ごう)の感激の念頭(ねんとう)も着け得ず。如(も)し施す者は徳に任じ、受くる者は恩を懐(おも)わば、便(すなわ)ち是れ路人にして便ち市道(しどう)と成(な)らん。

【所感】
★かつての日本の教育勅語も「親に孝に、兄弟に友に、夫婦相和し」と教えたものだ。自然の情愛としてこうありたいのだという。・・・・守屋洋「菜根譚」より。

★親子関係が危機に面したとき、「育ててもらった恩を忘れて」といった言葉が、親の口から飛び出ることがある。けれども、それはおかしいのであって、「恩」はギブ・アンド・テイクの関係に立脚している。

一方、親が子を育てるのは、無償の行為である。つまり、親は子を育ててあたりまえなのだ。にもかかわらず、子を育てたことを「恩」というかたちで捉えているところに、彼の親子関係が危機に瀕する要因がある。

ついでに言っておくと、儒教においては、親子関係が絶対であって、君臣関係より優先する。親が罪を犯した場合、子に親を告発せねばならぬ義務はない。子は親を諌めるが、三度諌めて親が改めなければ、子は泣く泣く親に従わねばならぬ。

一方、君主が悪をなせば、臣下はこれを三度諌める。三度諌めて君主が改めなければ、臣下は君主を見捨てて離れていっていいのである。忠と孝の相克など、儒教中国においてあり得るはずがなかった。孝が優先されることが、常識であったからである。

「菜根譚」は当然、そうした親子関係絶対性を前提に発言している。われわれがここから学ぶべきことは、そうした意味の親子関係絶対性だと思う。

「天皇陛下のために親を売る(子を売る)」ようなことはあってはならない。親子関係より君臣関係を優先させたところに、戦前の誤った国家主義があったと思う。
・・・・某書より。



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