明けましておめでとうございます。
小生88回目の新年を迎えましたが、87歳になってからの1年は、70歳代の10年、20年に匹敵するような気がします。
今まで何でもないことが出来なくなる。力が急減してビンの蓋が開けることができない、物が持てない、忘れ物、うっかりミスの頻発、そして、多くの仲間の病気、喪失・・・。
とくに昨年10月、左ひざが急に悪くなり、ガクンガクンと左脚を引きずるような歩き方になってしまいました。そして、11月には思いもよらなかったガンを告知され、左の腎臓を摘出しました。
人生とは山登りに似ているなぁ、と実感します
山の6合、7合目までは誰でも楽に登れますが、8合目を過ぎるとそうはいかない。
たった1メートルを登るのに非常に苦労します。この1メートルが6合、7合目のときの10メートル、20メートルに匹敵します。あるいはそれ以上の苦労かもしれません。
脱落する人のほうがずっと多くなります。
そうしたとき、いつも勇気づけてくれるのが、菜根譚の次の言葉です。
【現代語訳】
太陽が沈んで日が暮れても、なお夕映えは美しい光を放ち、輝いている。
一年がまさに暮れようとしているときもなお、橙橘類(だいだいやたちばな)はさらに芳しい香りを放っている。
ゆえに、人生の晩年には、君子はさらに精神を百倍にも奮い立たせて大いに活躍すべきである。
【原文】
日既に暮れ、而も猶お烟霞絢爛たり。 歳将に晩(く)れんとし、而も更に橙橘芳馨(とうきつほうけい)たり。
故に末路晩年には、君子さらに宜しく精神百倍すべし。 (菜根譚前集197)
この菜根譚の言葉は、私に常に新鮮な気持ちと勇気を与えてくれます。
山登りも高く登れば登るほど、視野が開け、見晴らしも素晴らしく、今まで見えなかった世界や人生が見えてきます。
人生の晩年こそ、「君子、宜しく精神百倍して」、人生の後半を輝くものにしたいと願っています。
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