【プログラム】
<第1部 CLASSIC>
モーツァルト: ディヴェルティメント ヘ長調 K.138
ベートーヴェン: 弦楽四重奏曲 第15番 イ短調 Op.132
〜〜〜休 憩〜〜〜
<第2部 JAZZ>
マイルス・デイヴィス: マイルストーン
エルメート・パスコアール: ベベ
マイルス・デイヴィス: オール・ブルース
ミシェル・ポルタル: マックス,モン・アムール
ヴィクター・ヤング: 星影のステラ
ジョン・コルトレーン: ジャイアント・ステップス
レノン/マッカートニー: カム・トゥゲザー
ジョー・ザヴィヌル: イン・ア・サイレント・ウェイ
アストル・ピアソラ: レベルタンゴ
≪アンコール≫
ワイズ/リーズ/ラッセル/ルーバニス: ミザルー(パルプ・フィクションのテーマ)
エベーヌ弦楽四重奏団
ピエール・コロンべ(第1ヴァイオリン)
ガブリエル・ル・マガデュール(第2ヴァイオリン)
アドリアン・ボワソー(ヴィオラ)
ラファエル・メルラン(チェロ)
2015年10月31日(土),14:00〜,札幌コンサートホールKitara小ホール
エベーヌ弦楽四重奏団(Quartuor Ebene)は,フランスの新世代の弦楽四重奏団。2010年,ナタリー・デセイやステーシー・ケントなどをゲストに迎え,ジャズやポップス,映画音楽を収めたCDをリリースして,大きな話題を呼んだ。ジャンルへのこだわりを捨て,あらゆる作品から自分たちの成長の糧となる音楽的エッセンスを吸収しようとする姿勢が顕著なアンサンブルといえよう。
“ebene”はフランス語で黒檀あるいは光沢のある黒色という意味。この演奏会でモーツァルトのディヴェルティメントK.138を聴いた瞬間にイメージしたのが,磨き上げられた黒檀の家具の深い光沢だった。それくらい“ebene”という語が,彼らの音楽的アイデンティティとして定着していると同時に,彼らの音楽的表現の武器でもある。
この日のプログラム“CLASSIC+JAZZ”でも,この姿勢と表現手法は貫かれている。第1部CLASSICで,モーツァルトが16歳で書いたK.138,ベートーヴェン最晩年のOp.132を取り上げたかと思えば,第2部JAZZでは,マイルス・デイヴィス,ジョン・コルトレーン,ジョー・ザヴィヌルなどジャズの大御所から,レノン/マッカートニーやアストル・ピアソラまで幅広い“contemporary music”に挑む。彼らの演奏を最後まで聴くと,CLASSICもJAZZも彼らの内面の深いところで自然に繋がっていることがわかる。エベーヌ弦楽四重奏団の基本的なスタンスは,オーセンティックという既成概念から離れて,音楽そのものを弦楽四重奏のフォーマットで追求することだ。
モーツァルトが16歳の頃にザルツブルクで書いた3曲のディヴェルティメントは,いずれも3楽章形式の作品で,イタリア音楽の影響が色濃く表れている。イタリアとフランスというラテン民族に共通する文化的な基盤のせいもあってか,K.132のディヴェルティメントとエベーヌ弦楽四重奏団との相性は抜群。一点の曇りもない明晰さが心地好い。エベーヌ弦楽四重奏団の黒檀のような黒光りする深い響きが,演奏に美しさと共に深みを添えている。現代的な感性とフランス的なセンスとがスパイスとなって絶妙な味を醸し出している。個性的ではあるが,心惹かれるディヴェルティメントだ。
ベートーヴェンの弦楽四重奏曲Op.132は,モーツァルトのK.138以上に個性的な表現が目立つ。エベーヌ弦楽四重奏団の手に掛ると,最晩年の作品も青春真っ盛りの音楽に変容する。枯淡の境地とは無縁の前途洋洋たる未来に向かって溌剌とした歩みを進める音楽であり,しみじみとした情趣とは異なるこの世の美しさを謳いあげる賛歌のようにきこえる。とにかく,彼らはこの作品を自分たち自身に徹底的に引き寄せて,自分たちの内面に横溢するエネルギーを表現しているかのようだ。ここまで乱暴なことをしておきながら,聴衆を説得してしまう不思議な力をもつ演奏だ。おそらく,彼らのテクニックが並外れていること,メンバーひとり一人が卓越した音楽性を有していること,これら二つの要因が無謀ともいえる力業に並外れた説得力を与えているのだろう。
第2部JAZZで演奏したマイルス・デイヴィス,ジョン・コルトレーン,ジョー・ザヴィヌルなどのよく知られた作品では,ジャズの傑作を弦楽四重奏に置き換える演奏とはひと味もふた味も違う趣の演奏である。エベーヌ弦楽四重奏団の面々が,これらの作品のCDを聴いて興味を持った和声,語法などを彼らの関心のありようそのままにアレンジした演奏といっていいだろう。その演奏から窺えるのは,彼らが音楽的な成長を遂げるための糧として,ジャズ接している点だ。とにかく,彼らはジャンルに関係なく音楽そのものに関心があり,自分たちが目指す目標を達成するために役立つものは何でも貪欲に吸収し,それを率直に表現しようという姿勢を感じ取ることができる。
第1部と第2部を通じて,エベーヌ弦楽四重奏団が追求していたのは,ジャンルの枠にとらわれることなく,自分たちにとってアクチュアルな音楽を追い求めることだ。彼らにとって,CLASSICでもJAZZでも,音楽のオーセンティシティーを究めた結果行き着いたのがアクチュアリティーだったということになるのだろう。このこと自体が,彼らの抜きん出たテクニックと音楽性を物語っている。これからも,このカルテットからは目が離せない。
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