杉山彦一「中村天風“心身統一法”解説 いのちを活きる」より。
生命の本質そのものは、見ることもできなければ、触れることもできないものである。ただ直感により、実感されるものである。だが本質の表現は、現象の中にそのはたらきとして、私たちは見ることができる。生命の本質的なはたらきとはいったい何か。
中村天風は明快に教える。生命の本質的なはたらきとは、「生きて、生きて、ひたむきに生きて、生きて、生きぬくものである」と。誰が教えたわけでもない。生命は、懸命にただひたむきに、生きてやまない働きをその本質としているのである。
科学としての生物学は、生物の特性を次のようにあげている。細胞構造を持つ。物質代謝をする。刺激に反応し、調節する。生長する。自己増殖をする。進化する。
原生生物といわれる単細胞の生命体であるアメーバも、物に接触すれば感覚し、食べられる物か否かを弁別し、食べられる物ならこれを摂取し、消化し、排泄し、成長し、分裂して増殖する。単細胞のアメーバですら、これだけの生命の営みをしながら、ひたむきに生きているのである。
植物も、種を播けば芽を出し、根を張る。そして葉を伸ばし、花を咲かせて、実を結ぶ。厳しい環境の中で、植物はひたすらに生きて生き抜く。
つばめも、南の国から大洋を越えて飛び、日本の家屋に巣造りをして雛を育てる。リスも自分の棲みかを造り、餌を求めて駈けめぐる。
動物は、食や性や集団の本能に駆り立てられて、ひたむきに生きている。そして私達人間の肺も心臓も、休むことななくはたらき、私達は生きつづけているのである。
アメーバから植物、そして動物から人間まで、命あるものは生きて生きてやまないのである。生きて、生きて、ひたむきに生きて、生きてやまないはたらきが、命の本質的なはたらきということができる。
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