以前、大仏次郎の名作「鞍馬天狗」の主人公、天狗こと倉田典膳は、軍事探偵時代に神出鬼没の活躍を見せた天風先生をモデルにしたと日記で述べましたが、浪花節や新国劇でも軍事密偵と主役のモデルにもなりました。
以下、中村天風先生「心に成功の炎を」(日本経営合理化協会)より。
私は16のときから、日清、日露の戦争で、今の人がぜんぜん想像もできないような、命がけの、いつ殺されるかわからないような軍事密偵をやっていた。その当時の私は度胸もあり、まったくの命知らずでした。
浪花節や新国劇の主人公になる
この話、信用してもらえるかどうか、昔はこんなことがあったのですよ。
浪花節や新国劇(編修註:天風の軍事密偵生活をモデルにした劇「満州秘聞」脚色・竹田敏彦、主演・島田正吾)でよく私のことをやっています。
50年前も昔、明治37年の3月21日、ちょうど今日みたいなうららかな天気の日でした。断頭台上に後ろ手に縛られて立たされた。そういう運命をもっている私であります。そのとき助けられた状況を浪花節や新国劇でやっているんですが、そのとき私はね、死に対する恐怖はこれから先もなかったんです。
軍事密偵を志願して採用されたとき、川村元帥に「おまえは尊いお国のために人柱になる人じゃ。靖国神社で会おう」というふうに言われた。だから、ふたたび日本には帰れないと思っていました。この言われた言葉に誇りをもって出発したくらいですから、今の青年では考えられないような気持ちを、その当時の青年はもっていたんです。
ですから、死刑の宣告を受けて、今、何秒かの後にこの世を去るという土壇場に立っても、何にも恐ろしくなかった。それは、今の若い人には全然わからない気持ちでしょう。
とにかく、そういう強さをもっていた私の心が、病になったとたん、あの病の苦痛に耐えかねて、自分で自分の脈や熱を測るというような、みじめな、哀れなことをやっていたんです。
今まで、とにもかくにも、強いと思い込んで、自惚れもあった。その自惚れの鼻がピシッと折られるような恥ずかしいことを自分でやって、自分の心の惨めな、虐げられた弱さを感じたとき、本当に、「くそ、こんちきしょう、死んじゃおうか」と思ったぐらい、恥じらいを感じました。それが人生というものを考えるそもそもの動機になったんです。
難行苦行でつかんだ「感情の統御」法
そして難行苦行したあげく、わかったことが、「感情の統御」ということでした。
今の私は大きな自慢で言えます。我が身、我が命でありながら、なかなか自分の思うとおりにならない感情を、いかにすれば自分でコントロールできるか、その方法を知っているものは、世界でたった一人しかいない。
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