池田光「中村天風・君だってここまでやれる」より。
天風は、毎日6キロメートルの山道を登り、山の上で瞑想するという修行に入った。その行き帰りに、10キロ以上もある石を背負わされる。ひたすらに石を背負って歩き、石を隣において瞑想し、また背負って帰るだけのことである。
病に冒されている天風には、自分の身一つでも山道はこたえる。なぜ石を背負うのか納得がいかなかった。
「何のために石を使うのですか」
と天風は耐えかねて聖者に尋ねた。聖者カリアッパ師の答えは、
「すでに使っている」
というものであった。天風には合点がいかない。逆に聖者が問う。
「お前は健康なとき、体重はどれくらいあったか」
「60キロです」
病身の今とは、10キロ以上もの差がある。聖者はさらに問う。
「そのとき、自分の体重が重いと思ったか」
もちろん重いとは思わない。そうか、天風は気づいた。背負わされていると思ったから苦痛だったのだ。石も自分の体重だと思えば、なんでもない。
このとき天風は、軍事探偵時代の境涯を思い浮かべた。オレは死線にあっても、いつも楽しさを感じていた。敵に捕らえられ、首かせや手かせをはめられて土牢の中に入れられたときも平気だった。生まれながらこの状態だと思うことにしたのだ。すると苦痛ではなくなっていた。
それが今ではどうだ。体を病んだだけで、石を背負うことに苦痛を感じるとは。オレの心のもち方一つだ。心を積極的にしなければ。
修行の行き帰りに石を背負うという日常生活の中で、天風の健康は着実に回復していく。1年半を過ぎた頃には、体重は55,6キロに増えていた。
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