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2015年07月26日22:33

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「最初のモンゴル出身力士」、とうとう「千秋楽」か。

■旭天鵬、現役引退へ 初のモンゴル出身力士
(朝日新聞デジタル - 07月26日 19:44)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=3535434
旭天鵬、引退“へ”ですか。23年前の平成4年、旭鷲山ら5人とともに当時の大島部屋(当時の師匠は元大関旭國)に入門、その年の三月場所で初土俵を踏んだ、モンゴル力士の“第一期生”で、初めの頃には大相撲に馴染めず在日本モンゴル大使館に逃げたこともあったようですが、二年後の平成6年の三月場所に幕下へ、さらにその二年後の三月場所で新十両へと着実に昇進し、平成10年一月場所で新入幕を果たました。
しばらくは定着できない場所が続いたものの、翌年には幕内に定着、平成12年の一月場所で11勝4敗を記録して初の敢闘賞を獲得すると、平成14年には新三役(東小結)に昇進、以降、貴乃花、朝青龍の二人の横綱から金星を挙げ、翌年までの間に関脇にまで昇進、敢闘賞を4回受賞するほどになり、すっかり上位と対戦する地位に定着しました。
そして、平成16年に日本国籍の取得を申請、翌年に取得して日本に帰化しましたが、平成19年に自身の運転する自動車で人身事故を起こし、直後の五月場所に出場停止、次の場所に十両に陥落。しかし一場所で幕内に復帰、二度小結に昇進するほどになりました。
そんな中、師匠の大島親方が平成24年に定年を迎えることとなり、37歳になっていた旭天鵬は部屋を継いで引退するのではと言われましたが、大島部屋自体は閉鎖となり、旭天鵬他弟子の力士は一門の友綱部屋(師匠は元関脇魁輝)に移籍、現役を続けることになりました。その移籍後最初の場所があの平幕優勝で、序盤5日間2勝3敗から10連勝、優勝決定戦で栃煌山(初の平幕力士同士だった)を叩き込みに退けての賜杯獲得(初土俵から121場所、新入幕から86場所)となりました。
昨年の九月場所で40歳になり、以降40代で3回の勝ち越し、1回の敢闘賞(7回目)にも輝きましたが、西前頭11枚目の今場所、3勝12敗に終わって十両陥落が必至となり、現役引退へ、と。初土俵から通算140場所927勝944敗22休、幕内通算99場所で697勝773敗15休、1回の幕内優勝と7回の敢闘賞と、まさに“レジェンド”というべき成績を残し、達者な日本語力とユーモアに富んだコメントで親しまれた旭天鵬でしたが、「十両に下がるなら辞める」を貫いての引退となるわけですね。
一場所十両に下がっても、また幕内に戻って記録を重ねればという声も数々あったようですが、やはり粘りを失った土俵を見ていると、23年間の土俵生活にピリオドという決断は、やはり「仕方ない」ことだったのかなと思います。
同期入門の十両若の里も、幕下陥落必至の情勢で引退濃厚と言われていますが、「若貴」以降の激動の大相撲を支えた二人のレジェンドが揃って引退となれば、この七月場所は一つの時代の終わりを感じさせるものになったと思いますね。初土俵の年に1歳だった照ノ富士が大関になった場所というのも、その象徴かもしれませんね。お疲れ様でした。
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