mixiユーザー(id:7303697)

2015年04月01日17:24

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「潔癖症」の定義って?

まずは記事本文(の中のコメント)に強烈な違和感を持ち、次にザッと皆さんの日記を覗いてみる。

ビックリしたのは、案外「私もダメ」的なコメントの多いこと。勿論、「投稿された日記の(その意見の)割合、バランス」が、そのまま「世間の一般的バランス」ではない。
よくある、番組や誰かの何かの行動などについて、「○○通のメールと◎◎件の電話が寄せられ、その95%は批判的」であったというような状況。これを「95%が批判的な意見を持っている」と分析するのは明らかに間違い。

大多数が「まあ、いいんじゃないの」「全然問題無いでしょ」と思ったとしても彼らは投稿しない。その事象に反発した人の一部や、強い違和を感じた人の多くが「投稿」という積極的行動に出る。
ごく少数の「きっとこれには強い批判が、一定数寄せられるだろうことが想像される。しかし私は、確信的にこの行動を支持する。負けるな、ガンバレ!」と考えた人が「賛成」「支持」の積極的行動に出る。
その結果、「どちらでもいい、関心無い」が80%、「賛成」10%、「反対」10%だったとして、番組等に寄せられる「ご意見」としては、(「関心無い」人は個別に問われなければ答えないし、ましてや投稿はしないから)「批判100通、許容や積極的支持5通」みたいな結果になる(ことが多い)。

で、今回のこの、結構そういう日記が多いという現象から、「『私もダメ』な人、案外多い(実数として数が多い)な」とは言えても、「ダメな人のほうが多い」とか「ダメな人の割合、結構多いんだ」と考えてはいけない(精査してみたら、実際そうであった、という可能性はあるけれど)。
「オレは全然平気だけど」という人の中でそういう日記を書く人の率は、普通に考えると「私もダメ」という人がそういう日記を書く率よりはずっと低いだろうから。


さて、私が一読して感じた強い違和感はこの部分。

> 「決して自分は潔癖症ではないが」と前置きして、平本さんは他人のおにぎりが食べられない理由について、次のように説明する。

> 「他人の手に付いているかもしれない黴菌(ばいきん)などを想像してしまう。他人の家の衛生環境も分からないし、特に水回りなどが汚いかもと想像するとダメ。おにぎりを握るときは手がぬれているし、水分を介して不潔な物が付いているかも、という思いが拭えない」


「平本さん」、少なくとも私の言葉の感覚では、そういうのを「潔癖症」と呼びます。「潔癖症」という言葉の意味を知らない人にそれを説明する場合に、最もわかりやすく、また程度としても中程度で適当だと思われる例として、私はこのへんを挙げると思います。
勿論、「潔癖症」というものが良いか悪いかという価値判断、それがどの程度世の中に存在するかという分析とはまったく別の話です。


記事の最後の部分、おそらくは記者の言葉(用語)への感覚や価値判断を反映したと思わせる以下の一節、

>  さらに、「『大丈夫、大丈夫、大丈夫』と3度おまじないをかけるなどの方法もあるし、“食べないと死んでしまう”というような(空腹な)局面などでは食べられるようにもなる」。ただ、こうした“症状”は「努力してもなかなか治らないもの。

この“症状”という単語の選択が、引用符を使ったことも含めて私の感覚には親和性がある。




■他人の作ったおにぎり食べられない…小学生の25%が「いや」、人間関係に水を差すことも
(産経新聞 - 04月01日 08:09)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=133&from=diary&id=3349271
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