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2015年02月28日00:19

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大西郷と稲盛和夫氏



私が最も尊敬する人、理想とする人物と言えば西郷隆盛です。その西郷さんの生き方、考え方は庄内藩の有志の手によって「西郷南洲翁遺訓」にまとめられています。

戊辰戦争で幕府側についた庄内藩の人間がなぜ西郷さんの遺訓なのか、と思われるかもしれませんが、この「遺訓集」刊行の経緯に、西郷さんの人柄が表れているようです。

庄内藩は、新政府と戦って全面降伏しました。勝利した官軍によって武装解除されるのが普通です。ところが、西郷さんは逆に官軍から刀を召し上げ、庄内藩に丸腰で入って行かせたのです。

荒くれ武士の乱暴狼藉を未然に防ぐための措置でしたが、敗者への配慮、敬意でもありました。勝った側から刀を取り上げ、負けた方の帯刀を許したのですから、庄内藩の人々は驚きました。

その後、西郷さんが下野して郷里に戻ると、西郷さんの度量の大きさ、人柄の素晴らしさを慕った庄内藩の若い武士たちが、鹿児島まで教えを請いにやってきます。

その中には庄内藩主酒井忠篤公の姿もありました。また、庄内藩士のなかには、制止を振り切り、西郷さんにしたがって西南の役の従軍、戦死した人たちもいました。

そうした西郷さんの薫陶を受けた庄内藩の人たちが、学び取った西郷さんの教えを編纂し、後世に残してくれたのが、「西郷南洲翁遺訓」なのです。




この「西郷南洲翁遺訓」について、稲盛和夫氏は人生の教訓として座右に置き、幾度となく読み返したと言われます。稲盛和夫氏の「人生の王道・・・西郷南洲の教えに学ぶ」(日経BP社)を参考にまとめます。

かつて日本の社会のいたるところに、上質な人間がいました。
たとえ経済的には豊かではなくても高邁なふるまい、上に媚びずに下には謙虚に接し、自己主張することもなく、他に善かれかしと思いやる――そんな美徳をもった日本人がたくさんいました。

しかし戦後60年、日本は奇跡的な経済発展を成し遂げ、物質的には豊かさを謳歌するようになりましたが、それとは逆に精神的な豊かさを急速に失いつつあるのではないでしょうか。

そのようなことを思うとき、かつて、とびっきり美しく温かい心をもった、一人の上質な日本人がいたことを思い起こすのです。

それが、西郷隆盛です。
西郷さんの生き方、考え方こそが、日本人が本来持っていた「美しさ」「上質さ」を想起させるのです。


このように言われる稲盛氏は「西郷南洲翁遺訓」から、生きていく上での貴重な示唆を計り知れないほど得られたと回顧されています。そして、経験を重ね、人生で年輪を重ねるほどに、遺訓から得られる教訓は、ますます私の心に深く刻まれていった、とのことです。



私も今、大西郷を生き方の何よりの師として、以下の書を反復繰り返し熟読したいと思っています。

長尾剛「話し言葉で読める“西郷南洲翁遺訓」(PHP)
松浦光修「新訳・南洲翁遺訓」(PHP)
童門冬二「西郷隆盛の人生訓」(PHP)
神渡良平「西郷隆盛人間学」(致知出版)
北康利「西郷隆盛・いのちもいらず 名もいらず」(WAC)
頭山満「大西郷遺訓」(K&Kプレス)
池波正太郎「西郷隆盛」(角川文庫)


その後、昔読んだ林房雄「西郷隆盛1〜11」(徳間文庫)、海音寺潮五郎「西郷隆盛1〜5」(角川文庫)を読み返したいと予定しています。

西郷隆盛こそ私の身魂磨きの中心になりそうです。



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