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2015年02月24日17:48

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西郷南洲翁遺訓「自分を愛するように他人を愛せ」

【南洲翁遺訓第二十四ケ条】
道は天地自然の物にして、人は之を行うものなれば、天を敬するを目的とす。天は人も我も同一に愛したまうゆゑ、我を愛する心を以て人を愛するなり


以下、長尾剛「話し言葉で読める西郷南洲翁遺訓」(PHP)によります。

道。
すなわち、大宇宙の絶対的な正道。
これは、人間が発明したなどではありません。
人間がこの宇宙に現れるより遠いはるか昔から、この宇宙が生まれたすでにその時から、道は存在していたのです。道とは、人の思いや都合など全く無縁の、まさに「天地自然の存在」なのです。

宇宙の絶対的正道であるからには、宇宙の生命である私たちは、この道を歩み、この道の示すとおりに行なわなければならない。

道とは、「この世のすべての存在が幸せになること」です。言うまでもなく、その根本は「愛」である。

私たちの使命は、道を定めてくれた「天」を愛し敬することです。それすなわち、「天」が万物に注いでくれている「愛」を、何よりも大切にすることである。

「天」は、この宇宙の全てを愛してくれています。

私のことも、
あなたのことも、
その愛は平等に降り注いでくれています。

すなわち、です。
人が道を守るとは、どういうことか、これを「ふだんの暮らしの心構え」として説くのなら、自分も「天」に倣って、「おのれ自身を愛するのと同様に他人をも愛する」ということなのです。

人は、自分の生命が愛(いと)しい。生き物として当然のことです。それと全く変らぬ愛を、他人の生命に対しても注ぐのです。

自分だけを愛してはいけない。それでは、まさしく「度を越した自己愛」である。おのれの“愛し過ぎ”である。誤った愛の形である。

自ら持つ「愛」を、自分と、そして他の人々に、ふりわけなければならぬのです。

これこそが、絶対の正道であります。
・・・・・以上。

以下、松浦光修「新訳・西郷南洲翁遺」(PHP)よりまとめました。

<人が正しく生きる道というのは、人の上に天があり、人の下に地があるように、ごく自然に、もとからあるものだから、人というのは、素直にそれにしたがっていれば、おのずから正しく生きることができるものなんだよ。
だから、生きていく上では、ただひたすら“天を敬する”ということを心がけていればいいのさ。
天というのは、他人も自分も、同じように愛してくださるものだから、私たちも、天の心と自分の心を一致させて、自分を愛するのと同じように、他人を愛することだね>
。


孔子、はこう言っています。
「自分の望まないことは、人にもしてはいけない」(『論語』)
古来より人類は、次の世代を担う若者たちに、“人の痛み”をわが痛みとして感じることができるよう、感性を磨くことや、“思いやりの心”をもつことの大切さを教えてきました。

ところが、戦後は、そのような教育を、ずっとしないままです。だから、今どきは、平気で残酷なことを言ったり、行なったりする人々が、どんどんあらわれています。

もし、この孔子の一言が、きちんと身についていれば、たぶん“イジメ”も“差別”も、全国から消えていくにちがいありません。

この「自分の望まないことは、人にもしてはいけない」というのは、人間が人間らしく生きていこうとするなら、すべての人が常に心がけていなければならない、不変の教えです。そのためか、この言葉は、「論語」では、二回も繰り返されています。

イエスはこう言います。
「何事によらず、自分にしてもらいたいと思うことを、あなた達もそのように人にしなさい」(新訳聖書 福音書「マタイ」)

さらに、ここで西郷さんが語っている「天というのは、他人も自分も、同じように愛してくださるものだから・・・・」という言葉は、イエスの次の言葉とも、似ています。

「天の父は、悪人の上にも善人の上にも日をのぼらせ、正しい人にも正しくない人にも、雨をお降らしになるのだから、自分を愛するものを愛したからとて、なんの褒美があろう」(新訳聖書 福音書「マタイ」)

この聖書と西郷の言葉の不思議な一致について、、明治から大正にかけて活躍した内村鑑三という、日本を代表するキリスト教の指導者は、こう書いています。(内村鑑三著・鈴木範久訳「代表的日本人」岩村書店)

「西郷隆盛が、日夜、好んで山中を歩き回っているとき、天から声が直接下ることがあったのではないでしょうか。静寂な杉林のなかで『静かなる声』が自国と世界のために豊かな結果をもたらす使命を帯びて西郷の地上に遣わせられたことを、しきりと囁(ささや)くことがあったのであります。
そのような『天』の声の訪れがなかったなら、どうして西郷の文章や会話のなかで、あれほど頻りに『天』のことが語られたのでありましょうか。
西郷は、自分の内なる心の中に、自己と全宇宙にまさる『存在』を見いだし、それとのひそかな会話を交わしていたのだと信じます。(中略)
私は、西郷がこのすべてを、『天』から直接に聞いたものであると信じます」。

私は、西郷さんの精神がこのように「天の高み」に達したのは、“入水と蘇生”の一件によるのではないかと思います。
・・・・以上、松浦光修「新訳・西郷南洲翁遺」(PHP)より。


※西郷さんの“入水と蘇生”
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%88%E7%85%A7

今から155年前の今日、安政5年11月16日は、西郷隆盛が、僧侶の月照(げっしょう)とともに入水自殺をはかった日だ。
西郷隆盛は幕末の偉人として有名だが、僧侶の月照のことはあまり知られていないと思うので、少し紹介しておきたい。
1813年、大坂の町医者の長男として生まれ、15歳のころ京都の清水寺成就院に入り、のちに住職となる。
しかし、僧侶でありながら尊王攘夷の思想に傾倒して京都の(尊攘派)公家と交流、大老の井伊直弼から危険人物と見なされることに。
安政5年(1858年)8月から始まった安政の大獄で追われる身となり、西郷と共に京都を脱出して西郷の故郷である薩摩藩に逃れたが、藩では厄介者である月照の保護を拒否し、日向国送りを命じる。これは、薩摩国と日向国の国境で月照を斬り捨てるというものであった。このため、月照も死を覚悟し、西郷と共に錦江湾に入水した。月照はこれで亡くなったが、西郷は奇跡的に一命を取り留めている。享年46であった


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