先日の日記に続き中村天風先生についてのお話です。
中村天風先生「心に成功の炎を」(日本経営合理化協会)第3章「強い生き方」を要約します。
声が出なくなった
昭和15年のことだ。北海道で講演を頼まれて、いざ行こうとする3日前に、急に、声が出なくなったんです。
朝、何時ものとおり、ベランダーでコーヒーを飲んでいて、もう1杯おかわりをもらおうと思って、普段なら「おい、もう1杯」と言えたのが、「おっ、うっ」・・・・、出ないんですよ、声が。
講演があるから、北海道へ行かなきゃならない。北海道じゃ、「日本3大言論家の一人が来る」という広告を立て看板にして、町の辻々に出している。そこへ私が行くのに、言論家が声が出なきゃ、言論家じゃないことになる。
そこで、誰かが電話をしたんだろう。私の竹馬の友の小野という耳鼻咽喉科の大家が、やってきた。
「さあ、口を開けてみな」といわれて、私、ヒョイッと口を開けた。舌おさえの先に懐中電灯のついたやつで、見ていたら、だんだん難しい顔になってね。
「こりゃだめだ」という。続いて、
「珍しいガンだ。声の出るところのすぐ脇にガンが出来ています。すぐ入院しましょう。うちの病院でよろしい。だがしかし、受けあいませんよ。90パーセントはだめだ。幸に命をとりとめられるとしても、一生、ものを言うことができないだろう。けど、医者としては、黙っていられないから、すぐ入院だ」
日本でも1、2を争う耳鼻咽喉科の大家がそう言ったら、皆さんだったら、どうしますか。「さあ、大変だ」と、もう死んだような気持ちになってしまうでしょう。
そのとき私はものが言えないのだから、筆で書いた。
「入院はしない。北海道へ行く」と書いたら、その先生、
「入院しなければ死ぬ」という。
しかし、誰が何と言おうと、私は北海道へ行きました。しかし、やっぱり声がでない。
初日、ちょうど幸いなことに、たまたま本郷房太郎大将が菱田という陸軍少将を連れて来ていた。
そこで私は、この2人に、「ちょうどいいから、おれのかわりに講演してくれ。おれはこういうわけで声が出ないから」と紙に書いて講演のかわりを頼んだんです。あの時分には、軍人が、まして大将が来るなんていうと、みんな喜ぶんです。
ところが、天風先生が来るというんで、とても憧れの的になっていたらしく、3千人以上の人が、今井記念館に集まっていた。
それでいながら、私が出てこないもんだから、聴衆がさわぎだした。
「天風先生を出せえ」というと、本郷大将が、
「いま言ったとおり、お出でになってもお話がでけんのじゃ」
そうするとまた、中には、
「顔だけみせろ」というやつが出てくる。
血を吐きながら講演
そこまで言うのなら、と思って出て行った。でも、声が出ないんですから、しゃべれません。しかしね、この何千人という聴衆から、とにかくこれだけの憧憬を受けている以上は、たとえこの場で倒れて死んでも構わん。一言ぐらいは言わなきゃと思って、そのとき演壇の水を飲んだんです。
そして息を吸って、
「しょくーん」と言ったら、大きな血の塊がパッと飛び出したんだ。それと同時に、スラスラものが言えだしたじゃないか。そのかわり、コンコン、コンコン血が出る。ハンカチ2枚と手ぬぐい1枚がたちまち真っ赤。
そしたらね、足元にいる学生たちがみんなですがりついて、
「先生、もういいです。もうわかりました。やめてください」というから、
「心配するな。おまえの血が出てるんじゃない。おれの血が出てるんだ。命なくすまでここに立ってないから安心しろ。おれの体はおれが知っている。悪いもんが出ちゃったら、止まるから心配するな」
1時間、血を吐きながらの講演。物言うたびに、ドロドロ、ドロドロ出るんです。
それで、その晩39度近い熱。それでもね、7日たったら、けろっと治っちゃた。
しかし、そのときに、皆さんなら、「これはいかん、即刻入院、即刻手術。けれど、命は助かるか、助からないかわからない」と言われたら、もう入院する前から死んじゃうと思うよ。
しかし、ありがたいかな、私は自分の命の正体は肉体でも心でもないという信念をもっているから、全然びくともしませんでした。
ひもじければ腹は減る
肉体は自分だと思うと、心は常に肉体の変化にふりまわされて安定しないんです。
生きているのだから、どんなに修養しても、ひもじければ腹が減るし、疲れたら眠くなるし、立っていればくたびれるから座りたくなる。座ればまた痺れが切れるから立ちたくなる、というようになります。修養すれば、何も感じなくなるんじゃないんですよ。
何も感じないようになろうと思ったら、墓場に行くのが一番いい。そうすれば、何も感じなくなるから。しかし、生きている以上は、何かは感じるよ。何か感じるから生きているんじゃないですか。
それを、肉体が我だと思うと、何かちょっと感じたことにも、神経過敏になって、いつもびくびくすることになってしまう。
私は、こうして今、1時間半、講演をしていますが、この間、私の脈拍は、何べん不整脈を起こしているのか、わからないんですよ。でも、なんとも思わない。私は生きているかぎりは生きていると思っているし、生きてられなくなりゃ、だまって死ぬだけの話だと思っていますから。
巨人天風先生の面目
500年に一度の傑物と言われるだけあって、スゴイ!!
先日の日記でも紹介しましたが、医者から絶対治らないという不治の弄馬性肺結核を、ヒマラヤの奥地カンチェンジュンガの谷底の激流の下にある巨岩の上で座禅瞑想による悟りの結果、完治させました。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1938973595&owner_id=5089039
その他、虎と檻の中に一緒に入っていて平気だったとか、平(たいら)炭鉱ではニワトリを意識で動けなくしたような記述があります。
ともかく常人のできないことを多くやり、そのことを述べておられます。
すべて、自分は肉体を超えた大きな存在という絶対の大信念の故だと思います。
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