梅小路蒸気機関車館が閉館へ、2016年春開設の京都鉄道博物館に移設へ。
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=84&from=diary&id=3282234
設立の趣旨を思えば一瞬驚いたが閉館と言っても建物壊して資料散逸させてしまうのではなく行ってみればリニューアルオープンの準備段階のようなものらしい。
ただ、関係各位は先刻ご承知ではあろうが梅小路館は収蔵資料だけが貴重なのではない。建物自体が、そう、あの扇形車庫と転車台自体が貴重な資料であり文化遺産なのだ。解体など論外だがもし手を加えるとしても耐震基準に合わせた補強ぐらいなものだ。
由緒あるこの扇形車庫も実は消滅の危機に瀕したことが有る。と言っても旧国鉄や鉄道省の意向などではない。第二次大戦時、当時の米軍が原爆投下予定地に京都を挙げていてその投下目標にされていたのだ。
何故京都を?平安京以来の伝統で街路が碁盤目状になっていたので原爆の戦果(何度とゴルァ!被害だろが!)が丁度方眼紙に墨を垂らしたように判り易いから…(冗談じゃねえ!)
幸か不幸かそれは免れた(しかし京都もまた空襲の被害は受けている)。
もっとも…歴史を紐解くと京都の町が戦火に見舞われたことは1度や2度じゃない様だから一概に当時の米軍ばかりを糾弾するのも考え物ではあるが…
同一形式ばかり集めて維持管理するのと違い多種多様の仕様も登場年度も違うカマ達の面倒を見るのは遥かにややこしく手間暇とコストがかかる。単にSLをイベント用に走らせるだけならあんなにもたくさん集めなくても、それこそD51を5両、C12を3両だけ残しておけば事足りた。
然し梅小路は其れが目的ではない。元より蒸機の本線運転支援も大切な業務だがそれ以上に大切なのが技術伝承だ。多種多様な形式はその時代ごとの最適解を求めたことと投入予定線区ごとの最適解を求めた結果生まれたものだ。デカけりゃいいってもんじゃない。強けりゃいいってもんでもない。厳しい制約の中で先人たちが苦労して導いた結果を後世に伝えること。またその過程を学ぶことがこれから先に生じるであろう様々な課題に対する回答のヒントになり得る。所謂「温故知新」がそこにある。
新しく生まれる博物館がどんなものになるのか?興味津々ではある。
ログインしてコメントを確認・投稿する