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2014年12月28日12:45

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(再)土光敏夫氏の座右の銘


致知出版社の「人間力メルマガ」(2011/7/5)で以前取り上げたものです。

財界にこの人ありといわれ、国鉄や電電公社の民営化のために大ナタを振るった土光敏夫氏。

晩年、秘書として五年間、側に仕えた吉良節子さんが語った土光氏との貴重なエピソードをご紹介いたします。

昭和61年、電電公社や国鉄の民営化をやり遂げた臨調は解散。その功績を認められ、土光さんは民間人では初めて生前に「勲一等旭日桐花大綬章」を受章しました。

その後、次第にお体に無理が利かなくなり、ご自宅で静養されるようになりました。
それでも社内には「土光さんの意見を聞こう」という案件が多く、私は週に一度はご自宅まで伺っていました。

神奈川の鶴見にひっそりと佇む土光家。
「地味で質素」を絵に描いたようなその家は、およそ東芝の社長や経団連の会長を歴任された方のお宅とは思えません。

門を開けようとすると「ギーギー」と轟音が響き渡る。廊下を歩いてもギシギシいって、
「女性の私が歩いて穴が開いたら恥ずかしいわ」といつも気を使いながら歩いていました。
 
冷暖房設備がないあの家に、真夏にいらっしゃった方は、「あの家は暑くてなぁ」とぼやいていらっしゃいました。

秘書が家の修理を申し出ても「まだ使えます」、クーラーの取り付けを申し出ても「いりません」の一点張り。
「営業の話に見えるお客様もいらっしゃいます。冷暖房がないと営業上、困ります」と申し上げると、
「会社が困るなら入れましょう」と快諾したものの、応接間のみ取り付けを許し、自分の部屋に取り付けることは拒みました。


受勲の際、土光さんは

「個人は質素に、国は豊かに」

とおっしゃいましたが、その人生はまさに言葉通りだったと思います。
 
メザシが一番のごちそうで、着飾ることを嫌い、背広も鞄も使い古したものを大切に使う。
ペン一本も、文字が擦れるまで使っても「まだ使える、まだ書ける」と言って捨てようとなさいませんでした。

私心なく、公私の別に厳しく、質素を好んだ土光さんが、色紙を求められるといつも書いたのは

「日新 日日新」

という言葉でした。
 
出典は中国の古典『大学』で、
「きょうという一日は天地開闢以来はじめて訪れた一日である。 
 それも貧乏人にも王様にも、みな平等にやってくる。
 その一日を有意義に暮らすためには、その行いは昨日よりもきょう、
 きょうよりも明日は新しくなるべきだ」
という意味があるそうです。
 
それについて、以前土光さんは次のようにお話しされていました。

「一日の決算は一日にやる。失敗もあるであろう。しかし、昨日を悔やむこともしないし、明日を思い煩うこともしない。
新たにきょうという清浄無垢な日を迎える。
ぼくはこれを銘として、毎朝
『きょうを精いっぱい生きよう』と誓い、
 全力を傾けて生きる」

この言葉に土光さんの人生が詰まっているような気がします。

土光さんが亡くなられた後、「日新 日日新」の文字を九谷焼の皿にしたい、と熱望される方が現れ、ご協力した関係でその一枚をいただきました。
長い間忘れていたのですが、母を亡くしたいま、 こうして出てきたのです。

母が亡くなったことに囚われすぎてはいけない。過ぎ去りし過去を悔やまず、これからやってくる新しい日々を生きていこう。
 
土光さんの字を拝見し、そんな思いが湧きあがってきました。
清廉の人・土光敏夫さんの生き方は、いまなお私を導いてくださるのです。

・・・・以上。


★「日新 日日新」を四書の「大学」では、次のように述べています。
『湯の盤の銘に曰く、まことに日に新たに、日日に新たに、又日に新たなり』

殷王朝を樹立した湯王は、洗面器に
『苟日新、日日新、又日新』
の自戒の銘を刻みつけていました。

「苟(=誠)に日に新たに、日日に新たに、また日に新たなり」 の九文字を刻印し、毎朝、洗面するたびにその九文字を心に刻み、 政に臨む自戒の銘とした。


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