すべてを己の問題として、目に見えるものにも原因を求め、目に見えないところにも原因を求めるのが本当の意味の求道であると思います。
このように一事、一事を深く広い立場で考えていきますと、一つ一つが大変な意味を持ち、自分に関係していることに気付きます。この心を「すべてを己の問題として考える心」といいます。
この一つの心になったとき、はじめて一つ一つのものが全部自分にかかわりのあるものと感じはじめるのです。この心になった時には、簡単に人を責めることはできません。他人ではなく自分ですから、いっしょに泣きたくなるはずです。
「すみません」、「ありがとうございます」、「やらせていただきます」の心で生きる人の心は実に強いものです。
この「愛」を行ずるためには、自分を大きく生かすことを考えればよいので
す。
自分を大きく生かすということは他をも自分と思って生きることでありま
す。
せまい自己愛を持つより、他に守られて生きる工夫をするのです。
他を守った程度において自分が守られ、他に利益を与えた程度に、他に救いを与えた程度に、他を喜ばした程度に、そのままそれが返ってくるのです。
困ろうと思っても世界全体が困らせないような自分となるためには、他に尽くすことだけを考えることです。
多くの人は、他のために役立つためにではなくて、自分のためにだけの努力をしているから、全力を出しきる心にもなれないし、本当の喜びも生じないのです。
以上、沖正弘先生「生活を正す」より。
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