伊予田覚「『大学』を味読する・己を修めひとを治める道」(致知出版)より。
伊予田先生は安岡正篤(やすおかまさひろ)先生の第一のお弟子さんですが、伊予田先生の上記のご著書に、次のように書いてありました。
安岡先生が書かれた色紙の中の一枚にこういうものがありました。
「覚めたる人を神という、眠れる神を人という」
覚めたる人を神という。神であっても眠っている神を人という。神人は一如であるということを表そうとした言葉です。
我々人間には良心が眠っています。それが覚めた場合には、即神である。神だとしても、眠っているうちはただの人間であるというわけです。
・・・以上。
考えてみれば、私たちはこの地球に神を表現するために生れてきたのかもしれません。
「神になったり、人になったり」、自分は今、どちらになっているか時々反省したいものですね。
出来るだけ神を表現することをして、私が存在することによって周りに、社会に、地球のために少しでもプラスを与えたいものです。
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