小川村からほど近い鴨村の街道ぞいに、一軒のそば屋がありました。
その主人は、藤樹先生が大変りっぱな学者だと聞きおよんで、先生に店の看板を書いてもらったら、きっと商売繁盛になると思い立ち、まっさらの板をかかえてお願いに上がりました。先生は、ふたつ返事で承諾しました。
一週間が過ぎて、主人が先生の屋敷をたずねると、
「まだできておりません。もう少し待ってください」との返事でした。
それからまた10日ばかりが過ぎた頃にうかがうと、そこにはみごとな字で書かれた看板ができ上がっていました。主人はとても喜び、さっそく店の軒先に吊るしました。
ある時、大名行列があって、そば屋の近くで休息をとりました。家来がお殿様にお茶を差し上げるためそば屋に行くと、軒先の看板に目が止まりました。
「これを殿様に献上したら、きっとお喜びなされるに違いない」と家来は、大金を主人にわたして、看板をもらいうけました。
思わぬ大金を手にして喜んだ主人は、もう一度、先生に頼んでおなじ看板を書いてもらおうと、屋敷に行きました。先生は、主人を座敷に上がらせ、家の奥から半櫃を運び出してふたを開けました。すると、その中にはなんと「そば屋」の下書きのほごが、びっしりと入っていたのです。それを見た主人は、驚くとともに、自分のなした言行の軽率に、ふかく恥じ入る
でした。
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