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2014年12月11日00:27

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亡父の年賀状

年末になると年賀状の作成、今年もその時期なりました。
その時期になるといつも思い出すのは、父から99歳で亡くなるまで毎年届いた年賀状のことです。

若いころは川柳、後年になって俳句、父の川柳的俳句は読むのが楽しく、また、父に近い年齢になるにつれ教えられることばかりです。

父が99歳で亡くなるまでの、父から来た9年間の年賀状をご紹介したいと思います。

・百歳に あと十年の 初もうで・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・89歳

・釈迦嫌い キリスト嫌い 着ぶくれて
・我が枯れを 知らず蟷螂の 咀嚼音
・鯉の朱と 競うつもりの 紅葉散る・・・・・・・・・・・・・・・90歳

・欲張りて 百寿を願う 初詣・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・91歳

・極楽へ 一歩近づく 日向ぼこ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・92歳

・逃げること ばかり考え 蜥蜴出づ・
・・・・・・・・・・・・・・・・・93歳

・淀川も 城も寝不足 年明ける・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・94歳

・満開の 菊に一句も 授からず
・柿食べて 透明の声 山彦に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・95歳

・百歳を 身近に連れて 賀状書く・・・・・・・・・・・・・・・・・・97歳


父は平成10年11月16日、安らかに永眠しました。数え99歳。12日間の入院生活において、まったく苦しみを訴えることもなく、亡くなる直前まで意識も言語もハッキリしていました。死因は胆のう炎と肺炎でした。


百歳を身近につれて賀状書く

亡くなった年の年賀状に書かれていた俳句でした。
100歳まで1年を残したとはいえ、文字通りの大往生でした。

父の亡くなる半月前、私は父を訪れ、碁を二局打ち1勝1敗、父が勝ったときの嬉しそうな顔、相変わらずの元気ぶりは、未だ記憶が鮮明に残っています。

父が亡くなる直前、たまたま父の古い知人のMさんから手紙が届きました。
その手紙によると1ヵ月前、父を訪問し、2時間半にわたり日本経済のこと、最近の新聞での出来事、株式、旅行、俳句等々歓談して話題が尽きなかったとありました。

そしてMさんは数十年前にお会いした時と、まったく変わらない父の思考力と頭の回転の早さにただ感動したと書いてありました。


小生、父が70歳よりはじめた俳句をまとめ、平成10年、俳句集「日向(ひなた)ぼこ」を出版しました。出来上がったのは、父が亡くなる3ヶ月前の8月でした。私は、その原稿を通じて、父の人となりをよく知ることができました。


・逃げることばかり考え 蜥蜴(とかげ)出づ
これは父が93歳の時、大阪市おとしより俳句大会で大阪市長章を受賞した俳句ですが、とかげと目線を同じにして、とかげを見守る心のやさしさを感じます。

・人生に句読点なし 鰯雲
90歳代の年寄りなればこその達観した悟りと人生観。

・日向ぼこ サイン・コサイン皆忘れ
90代の老人の頭のどこからサイン・コサインという言葉が出てくのか、私に不思議さと新鮮な驚きを与えました。


「日向ぼこ」・・・ 春の暖かさを思わせる人柄と、同時に鋭い感性ときびしい人生観を、ユーモアとぬくもりでカバーした外柔内剛に徹した父の生涯は、私に、人生はこう生きるのだという手本を示してくれたようでした。

父が死の直前まで、このようにかくしゃくであった理由は、父の生き方にありました。
86歳の私、まだまだ頑張らねばと、亡父から喝を入れられた気持ちになりました。




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