世間の福(さいわい)を思いくらぶるに、身やすく心楽しび、子孫繁栄を上とす、命長きを次とし、位高く富むるを下とす。
此の福の種は、明徳仏性なり。
この種を蒔きてこの福を造る田地は人倫日用の交わりなり。
総じて、善を成すにはひそかに人の知らざるようにとりなすを第一とす。
少しにても人に知られんと思う心は満心(まんしん)なり。
満心はかならず魔縁(まえん)となる、魔縁あればかならず魔障あり。
善悪の報いは谷に声をあぐるが如くなれば、善を思い善をおこなうにはかならず善の報い有り。
悪を思い悪をおこなえばかならず悪の報い有り。
これ誠に天地感応の妙理なり。
まことに、善悪の報い、ひびきの声に応ずるがごとし。
万物一原の理(ことわり)は、本来吾と人との差別なし、故に妬(にく)みて人を憎み害(そこ)なうは、我が身のためを思うにたれども、蓽竟は、己が身を憎み害(そこ)なうなり。
よく仁恕の本心を興起して、陰隲(いんしつ)を積みぬべきこと、人の大幸なるべし。
・・・・陰徳と同じ意味として、人に知られないところで行う善行も指す・・・・。
人人(にんにん)の心の中に明徳と名づく無価(むか)の宝あり、これ姓命の宝、天下第一の宝なり。
人間は義理を以って命の根とし、福(さいわい)の種とし、一生の楽しみとするものなれば、貧しくいやしきことは恥るところにあらず、くるしぶところにあらず。
かりそめにも、不義無道の事は恥ずかしき事にして、身を失い禍(わざわい)を招く本なれば恐れて除き去るべきことなり。
胎教の心もちは慈悲正直を本とし、かりそめにも邪(よこしま)なる念を発すべからず。
食物をよくつつしみ、居ずまい身のはたらきも正しくつつしみ、
目にむざとしたる色を見ず、耳に邪なる声を聞かず、古(いにしえ)の賢人君子の行迹(こうせき)、孝悌忠信の故事を記する草子(そうし)を読み、或いは物語を聞くべし。
これ胎教の大概(たいがい)なり。
生きとし生きる人たれかその子を愛せざらん。 奴(やっこ)といえども皆人の子なり。
我が子そのくらいにあらば、わが心忍ぶべからず。
奴の親たるもの同じくこの心あれば、よく思いたくらべ、かならずあなどり悲しむ事なかれ。
万物一体の心、人人具足のものなれば、奴なり他人なりとあなどり隔(へだ)つる意念なくば、たれも仁ならざるはあるまじ。
万物一体の仁心を明らかにし、人はいかようにもあれ、吾は何の心もなく、ひたすら、親しみ和なれば、人も又岩木ならざれば感動ありて仁愛をもて我を親しむものなり。
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