昨日の日記「中江藤樹の墓を訪ねた武士2」の中で、農夫が熊沢蕃山を藤樹の墓へ案内しながら話した内容です。
「お武家さま」
先に立つ農夫が歩きながら語りかけた。
「なんだ」
聞くと農民は後ろを振り返って微妙な笑いを浮かべこんなことをいった。
「わたしは、かつて物盗りでした」
「物盗り?」
「はい。年貢がきびしくどうにもたちゆかなくなった時、同じ思いをしている仲間と語らって、すぐ先の山道で旅人を襲おうと企てたことがありました」
「その気持ちはわかる」
・・・略・・・
「それで、どうした?」
「そんな企てを立てて、山道で待ち構えている時、たまたま提灯をさげたひとりの男が通りかかりました。道に出た私たちは、前と後ろを囲むようにして、その男の人に金を出せと迫りました。
男の人は、金が欲しいのか、といって懐に手を入れ財布を出しました。そのまま渡すのかと思いましたが、男の人はちょっと待てと言って考え込みました。そして、こう言いました。
金はたしかにある。渡すのもたやすい。しかし、おまえたちの行いは間違っている。間違った行いに私は屈するわけにはいかない。かつて私も武士だった時期がある。多少の心得はある。したがって、たとえお前たち三人に負けても最後まで戦う、勝負しょう、といって刀を抜かれました。
私たちは驚いて顔を見合わせました。こんな人物に会ったのは初めてだったからです。そこで、いったいお前は何者だ、と聞きました。
男の人は、そこの小川村で塾を開いている中村与右衛門(中江藤樹のこと)だと言われました。
私たちはビックリしました。馬方の又左衛門さんや、漁師の加兵衛さんたちから、中江先生のことは耳にタコができるほど聞いていたからです。
そこで私たちは大地に手をつき、申し訳ございません。中江先生とは存じませずに、こんな非法におよんだことを深くお詫びいたします。どうかお許しください、とおわびしました」。
「そうか、それはいい話だな」
蕃山は自分が初めて与右衛門の存在を知ったのも、馬方又左衛門の美談を宿で聞いたのがきっかけだったことを思い出した。
・・・・・以下略。
このようにして中江藤樹の徳は近江から全国へ広がったのでした。
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